生き物が焦げる匂いと、耳を貫くような断末魔の叫び。火炎をその身に纏い、ドスンと崩れ落ちたモンスターを、二つの視線がジッと見つめていた。

「…何故邪魔をした。」
「邪魔じゃない。君の魔力だけじゃ、足りないでしょ。」

 ようやく戦闘が終わったというのに、ピリピリとした空気だけは変わる気配が無い。いつもの事ではあるが、この光景にはただ呆れるばかりだった。

「ああもう、分かったから落ち着け!」

 ピリピリする空気が世界一嫌いで耐えられないモンクは、今日も二人の間に入って睨み合う二人を引き離した。
 二人…赤魔と黒魔は、同じ魔道士として張り合っていた。本気の黒魔法と本気の黒魔法の一騎討ち。相手に負けるなんて、屈辱以外何物でもない。…そんなバトルが、旅が始まった時からずっと続いている。

「どっちも強いんだから、仲良くしようよ。ね?」

 二人の視線が合わない様間に入ったモンクに続き、白魔も言葉で二人を宥めた。
 桁外れの魔力を誇る黒魔に、持てる知識の全てを魔術に生かす赤魔。二人の力はほぼ同等だったが、その同等の中で戦い続ける。正に、決着の着かない戦いだった。

「悪いが、仲良くは無理だ。」
「する気もないね。」

 最早、間に居るモンクも白魔の言葉も意味を成さない睨み合い。
 どうしようもなくギスギスしたままの二人の関係に、モンクと白魔は溜め息をついた。解決策があるならば、誰か教えて欲しい気分だった。

「……とりあえず、一回休憩しようぜ。」

 モンクは参ったように頭を掻きながら言った。一度休憩を挟めば、多少は二人も頭を冷やすだろう。

「大体、君は中途半端なんだよ!」
「中途半端? ふん、万能と言って欲しいな。」

 …結論。意味は無かった。
 お互いムキになり、ぎゃんぎゃん騒ぐ口喧嘩は更に激しさを増した様な気さえする。

「…気が済むまでやらせとくか。」

 というより、今近寄ったら魔法で返り討ちにされる。そう思うと恐ろしくて、モンクはもう敢えて止めないことにした。
 モンクの隣でお茶を淹れていた白魔も、困った様に眉を下げた。

「…お互い、相手を気にしすぎだと思うよ。」

 闘争心っていうの? と、付け足しながら、白魔はお茶の入ったカップ両手で握り締めた。
 もしもの話ではあるが、あれが…あの二人が、カップルだったとすれば、あの喧嘩も微笑ましく見えるのだが…。白魔がぽつっと呟くと、モンクは思わず吹き出しそうになりながら

「あの男二人がカップルとか、ありえな…」

 と、言いかけた…その時だった。

「カップルなんかじゃない!!」

 思わず、ビックリして仰け反りそうになった。喧嘩に夢中だった二人が、「カップル」の単語だけ聞き取った様な反応を見せたのだから。しかも、声のタイミングもピッタリ。ついでに、恥ずかしかったのか何なのか、真っ赤な顔も全く同じ。

 咄嗟に、モンクはヤバイと思った。勘に触る事を言ってしまった…。数秒後の自分は氷付けか? 黒焦げか? 丸焼きか?

「いや、その…あの…。」

 ずかずか、ずかずかと赤魔と黒魔が歩み寄ってきて、縮む距離。モンクは弁解する口も開かず、ごくりと唾液を飲んだ。
 ずい、と二つの顔が近付く。頼む白魔、ボーッとしてないで助けてくれ! …そうモンクは願った…が。

「誰がカップルなんか! 俺達は張り合う仲だ!」
「僕は好きにもなりたくないよ、こんな人!」

 二人同時に、言いたい事を一気に叫んだ。…それだけで、恐怖は終わった。
 モンクが思わずぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けると、目の前には誰もいなかった。あれ? と見回せば、右には赤魔が背中を向け腕を組んでいて…。

「あ、おい! 黒魔!」

 黒魔だけは立ち止まらず、スタスタと此処まで来た道を戻っていってしまった。
 慌ててモンクは止めようとしたが、黒魔はモンクが自分に追い付く前に

「出発までには帰る。今は放っといて。」

 そう言い放ち、一気に走り去ってしまった。出発までに帰ると言ったって、あの様子じゃ遠くまで行ってしまいそうだった。

「僕、追い掛けてくる!」

 この事態にただならぬ不安を感じた白魔は、モンクの隣を抜け駆け出そうとした。…が、それより早く、手が白魔の肩を掴んで制止した。

「放っておけ、あんな奴。」

 でも! と白魔はすかさず反論しようとした。しかし、その反論の口を止めたのは…ふと顔を見た時に気が付いた、赤魔の目だった。

 …悲しんでいる?

 直感でそう思った。
 普段冷たくキリリとした赤魔の目が、どこか悲しさを帯びている気がした。何か悪いことをした様な…悪いことを言ってしまったような、そんな目。
 きっと、黒魔の事だろう。これも、直感で思った。

「ねぇ、赤魔。」
「…何だ?」
「悩みがあるなら、僕達聞くよ?」

 その瞬間、赤魔の細い目がハッと見開かれた。やはり、思う事があるのだろう。

「しかし…。」
「大丈夫、僕達仲間でしょ。ね、モンク!」

 急に名前を呼ばれ、モンクは「へ?」と言うような惚けた顔を見せた。だが、直ぐに事態を把握すると、惚けた顔はどこか自信あり気な顔に変わった。

「ああ、俺に任せとけよ! 解決策見付けてやっから!」

 力強いのだか、脳筋丸出しなのだか分からないモンクの言葉も加わり、赤魔はようやく表情を変えた。真っ赤な帽子で照れ臭げに隠したが、笑ったのだった。

「…なら、少し相談しようか。」

 やや不安は残るが、いつも決まり事は破らない黒魔の事だから、言った通り出発までには帰ってくるだろう。頭を冷やしにいったと言うのなら、尚更だ。
 三人は一度地べたに座り、赤魔の話を聞き出した。

 一方、思わず飛び出してきてしまった黒魔はと言うと…。

「…帰ろうかな。」

 早くも、飛び出してきた事を後悔していた。否、赤魔と喧嘩した事自体を後悔していた。
 いつもの事ながら赤魔と喧嘩して、中途半端だとか、力不足だとか、挙げ句の果てには、好きにもなりたくないなんて…。

「僕、なんで嘘ばっかり……。」

 黒魔は、普段の自分を悔やんでいた。本当は赤魔の事を中途半端だとも、力不足だとも…嫌いだとも、思っていない。寧ろ、真逆の事を思っていた。

(赤魔は万能だ。魔力も、同じ魔道士として尊敬できる位。)

 そして…

「…好き。」

 黒魔の呟きは、暗くなってゆく空に消えていく。
 好きだと言うのに、素直に言えない思い。何故なら、そこにはプライドがあった。黒魔道士として、白魔法も同時に操る赤魔に劣りたくないと言う、無駄に高いプライド。
 赤魔が好きだという気持ち。喧嘩なんてしたくない。仲良くしていたい。全ての感情が、変なプライドのせいで押さえ付けられていた。

「…馬鹿。」

 もう、自分に呆れる。
 黒魔はハァ、と溜め息を付きながら、何となく見付けて道端の小石をコンと蹴った。立ち止まり、ころころと転がっていく小石をぼうっと見つめる。

 …と、転がっていった小石は、何かの影の中で止まった。道の真ん中に出来た影は、木ではない。

「ッ!」

 影の正体を見た途端、黒魔はヒッと息を詰まらせた。
 小石を優に飲み込む大きな影の持ち主。それは、この辺りで一番凶暴だと言われるモンスターだった。しかも、このモンスターには見覚えがある。

 ―…何故邪魔をした。
 ―邪魔じゃない。君の魔力だけじゃ、足りないでしょ。

 その時の会話や臭いが、鮮明に浮き上がる。
 昼間赤魔と共に焼き殺した、あのモンスターだった。多分、昼間のモンスターの仲間が、憎らしいと言わんばかりの復讐に来たのだろう。

「い、嫌だ……ッ。」

 恐ろしい瞳。光る牙と爪。口から滴る唾液。全てが黒魔を威圧した。四人だからこそ倒せた相手であって、一人で戦えるような相手ではない。
 黒魔は恐怖から救って欲しくて、次の瞬間思いっきり腹から声を出し叫んだ。この行為が危険だとか、もう考えられない。
 ただ助かりたい。そう祈るだけだった。

 赤魔が真剣な面持ちで話をしていた、その時だった。

 ――誰か助けて!

 遠くの方から、声が聞こえて来た。助けを求める、恐怖に震えた…聞き覚えのある声。

「まさか…ッ!」

 モンクと白魔が、声の主が誰なのか気付くよりもっと早く、赤魔は自分の話を切ってまで声に反応した。その表情は、酷く焦っている。

「お、おい、赤魔!?」
「悪い、話は後だ!」

 何事かとモンクが聞く間もなく、赤魔は声の聞こえた方…黒魔が行った方に走っていった。
 何が何だか分かっていないモンクに、続いて白魔が声をかけた。

「モンク! さっきの声、きっと黒魔だよ!!」

 そう言う白魔も、杖を構えている。それを見て、モンクはようやく非常事態と気が付いた。

「じゃあ、急がなきゃならねーじゃん!」
「早く赤魔を追おう!」

 そう言うが、二人が赤魔を追い出した頃には、既に赤魔の背中すら見えなかった。

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