意識するきっかけは、主の一方的なキスだった。
いつものように仕事の報告をした後、何を思ったのか、無理矢理に身体を引き寄せ唇を奪ったのだ。あまりに突然の事で頭が真っ白になり、抵抗するのも遅れた。離れる間際、マティウスは嘲いながら囁いた。
──おまえを見ていると、苛々する……。
ああ、無情である。
レオンハルトは拳を握り締めた。
愛情からきたものなら、歪んでいるし、からかっているなら、相当質が悪い。
その意味を考える度に分からなくなる。
レオンハルトは自室のベッドに寝転がり、うつうつとしていた。疲れて早く休みたいはずなのに眠れない。最近はずっとこんな調子である。あれ以来、マティウスに変わった様子はなくいつも通りで、それが更に当惑の元だった。気にしているのは自分ばかり。
やはり、からかわれただけかも知れない。大体、マティウスに男色の趣味はないはずだ。それに何故自分だけこんなに悩まなければならないのかと、だんだん腹立たしくなってきた。
馬鹿馬鹿しい。そう結論付け、ようやく眠りについた。
夢は見る人の深層心理を表しているらしいと、どこかで聞いたような気がする。本当かどうか知らないが……。
今日のレオンハルトの寝覚めは最悪だった。寝汗に疲れた顔で窓を見遣る。爽やかな朝日が憎たらしく思えた。
「……馬鹿な」
右手で顔を覆う。
夢の中で、自分はまたキスをしていた。……マティウスと。しかも自分から。
嫌な気分だが、仕事は待ってくれない。レオンハルトはノロノロと支度をした。
「うっ」
兜を脇に抱え、いつものように朝の挨拶をしていたはずなのだが、目の前に朝から不機嫌なマティウスの顔があり、思わず顔を引き攣らせた。
「なんだ、その顔は」
マティウスが玉座から訝し気にこちらを見る。
あんな夢を見た後で顔を合わせるのはキツイ。この挨拶を終えれば、後は訓練に向かえる。あんたのせいだとも言えず、今だけの辛抱と、レオンハルトは曖昧にごまかす。それがまた、気に障ったらしいマティウスは、一段と不機嫌になった。これはお咎めがあるなと思ったのだが。
「こっちに来い」
渋々側に行くと、美しいが冷え切った瞳で睨んでいる。嫌な事に、唇の感触を思い出してしまう。あの口を開けば、高圧な薄い唇が、自分に重ねられたかと思うと信じられない。
「ダークナイト」
「なんでしょう」
「キスしろ」
「……は?」
一瞬、聞き間違いかと思ったが、マティウスはハッキリと言った。
「私に、キスをしろ」
何を言っているのか、理解したくもなかった。これは夢の中か、続きか。ピキピキと青筋が立つ。
「な、何故です?」
マティウスは立ち上がり、嫌な顔をするレオンハルトの頤を掴み上げた。
「私にキス出来るなど、光栄に思え」
「何故、私が!」
逆らえないのをいい事にこんな事を。嫌がらせにも程があると、レオンハルトは睨み返す。
マティウスは頤を掴む手に力を込めた。このまま奪う事は簡単だったが、それでは一方的な気がして面白くないと思った。一介の従者のくせに、こうも苛々させてくれる。
「いつも私を見ていたくせに。私に熱い視線を向けておったではないか」
畏敬の眼差しとは違う、熱のこもった目を兜の隙間から覗かせていた、とマティウスが言えば、レオンハルトは真っ赤になって否定した。
「だっ、誰が。見てなどいませんよ!」
「嘘をつけ。ならば、何故赤くなっている」
「う……」
レオンハルトは口ごもる。見ていない訳などなかったが、認めたくない。
「早くしろ」
マティウスは有無を言わさず。頤から手を離すと、黙って見つめた。
「くっ……」
レオンハルトは覚悟を決め、唇をぶつけた。と、それだけで離れようとしたが、身体を拘束された。弾みで兜が落ち、音を立てた。痛いくらい抱きしめられ、油断した隙に舌を絡められる。ぞわぞわと鳥肌が立ち、じわじわと快感が迫り上がった。
噛み切ってやろうか。
レオンハルトが震える身体で素振りを見せれば、マティウスはますます攻め立てた。やがてレオンハルトは無抵抗になる。それに伴い、マティウスの苛々はスッと消えた。この男を支配、落としてやった喜びか。
ようやく解放されたレオンハルトは、僅かに残っていたプライドで、弱々しく睨む。
「……っ、正気ですか」
勝ち気な瞳は交わる。ゆっくり、熱を帯びて。
「おまえこそ」
主は嘲い、
従は堕ちる。
………………………
あれ?これケンカップル?ケンカップルってこんなん??(汗)
全然カップルじゃない、何だか程遠いものになってしまいすみません。ギャグ路線になるかなと思ったらシリアスに脱線。意外と苦戦しました。
こんな出来になってしまいましたが、少しでも主従補給になれば幸いです。
リクエストありがとうございました!