予感

 此処に入ってはいけない。
 ミンウは身の毛がよだっていた。

 宮廷で仕える身として、知っておかなければならない事は沢山あった。その中で、唯一立ち入りを許されなかった開かずの扉。王族以外入る事は出来ないと話を聞かされただけで、場所は知らされなかった。それを不服には思わず、とりあえず心に止めておいたが、やはり少し好奇心はあった。
 それを知ってか知らずか、まだ幼い王女ヒルダは無邪気にミンウを困らせた。
 ヒルダの部屋で書き取りの勉強を見ていた時だった。今日の分は終わり、後は自由時間で中庭へ遊びに行くか、本を読むものばかりと思っていた。しかしヒルダはこの時を待ってましたと言わんばかりにミンウに言った。
「大広間のカベに開かないトビラがあるの。でも、ミンウにはトクベツに見せてあげる!」
 自分が知ってはまずい秘密を易々とばらす。冷や汗をかかずにはいられない。
「……ヒルダ様。それはいけません。私が陛下に怒られてしまいます」
「どうして?」
 断ろうにもヒルダは首を傾げる。
「私は知ってはいけないのです」
「なぜ?」
 ちっとも納得してくれないヒルダは、強引にミンウの手を引き部屋を出た。
「ヒ、ヒルダ様」
「だいじょうぶ。今、大広間にだれもいないわ」
 確かに王と王妃は教会の社交で出払っているであろうから、そうには違いないが、ミンウの足取りは重い。一度言ったらそうしないと気が済まない性格なのは知っていたので、半ば諦めた。
 たまに擦れ違う見張りの兵に頭を下げられつつ、ヒルダの後を付いて行く。すっかりご機嫌なヒルダは大広間につくやいなや、真っ先に駆けた。
「ミンウ、早く」
 立ち止まり手招きをする。側へ行くと、そこは何の変哲もない壁しかなかった。
「見ててね」
 ヒルダは得意気に言うと、叫んだ。
「エクメトテロエス!」
 すると、ただの壁にしか見えなかったのが、呪文を唱えた途端、扉が出現した。
 ミンウは驚いたと同時に、何故だか体が戦慄いた。後ろめたさとは違う、恐怖。本能的に感じている。じっとりと手汗をかき、扉と対峙するかのように、一歩も動けない。
「ミンウ……?」
 様子がおかしいと心配そうに見上げるヒルダに、ミンウは我に返った。
「い、いえ。何でもありません」
 自分でもおかしいと思いつつ、何とか違和感を払拭させようとした。
「それよりねえ、入ってみよう」
「それは、なりません」
 探検気分、で行っていいような所ではない。いくらヒルダでも陛下にこってりと叱られて泣きべそをかくのは目に見えている。そんな思いはさせたくないし、今止めなければ。ミンウは言い聞かせようとしたが、ヒルダはお構いなし。
「じゃあひとりで行くからいいもん」
 横を擦り抜かれ、扉が軋みながら開いてしまった。中は薄暗く、ずっと奥まで階段が続いてる。ヒルダは壁伝いに下りて行ってしまう。
「お待ち下さい! ヒルダ様」
 結局ミンウもヒルダの後を追って階段を下りた。
 どんよりと空気が重く、息苦しさを感じる。何かがひしひしとミンウを縛り付けているようだった。
 階段を下り切ると突き当たりに出た。一見して何もない。
「行き止まり?」
 ヒルダが辺りを見回す。しかしミンウにはまるで壁が語りかけてくるように、仕掛けがある事が分かり、良く見ると何かを埋め込む窪みがあった。その鍵となる物がない以上、進めない。
「ヒルダ様、さすがにこれ以上は無理なようですね」
「つまんないの!」
 ヒルダはがっかりして、来た階段を戻って行った。これでようやくヒルダの気が済んだとミンウは一息をつく。
 大広間に着くと、ヒルダを促す。
「さあ、お部屋に戻りましょう」
「うん」
 長居は無用である。扉を閉めようと手をかけた。
「だれにもナイショよ」
 ヒルダはミンウを見上げ、唇に人差し指を当てた。それに頷き、戻る後ろ姿を見た後、ミンウはもう一度扉を一瞥した。
 垣間見たような気がした。
 誰かが、自分を追って。
 いつか関わる。そんな未来の予感を残したまま、扉は閉じられた。


……………………
▼ミンウとヒルダのフィン城の隠し通路話を書いてみました。しかしヒルダは知らない設定なのに無視しちゃっています、すすすすみません(- -;)。
それでも読んで頂けたら幸いです。
じゃすみんさん有難うございました!

← →


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -