主従の事情2

 それは何の前触れもなく訪れた。
 いつものようにマティウスに呼び出されたレオンハルトは、また無理難題でも言い付けられるかと思い溜息すらついていた。
 それでも行かない訳にはいかず、謁見の間を通り、マティウスの部屋へと急いだ。軽く扉をノックすると、入れと言う声が聞こえた。
「失礼致します」
 レオンハルトが中に入ると、マティウスはディスクに向かい山積みの書籍を読んでいた。視線をこちらに向ける。
「お呼びでしょうか?」
 直ぐさま畏まってマティウスの動きを待つ。開かれた本を閉じる音がしてから、急に空気が変わった。張り詰めた緊張。いつもと違うのは気のせいではなかった。マティウスはゆっくり口を開いた。
「ダークナイト。おまえはクビだ」
 とても冷めた表情で、発した。レオンハルトは一瞬、自分の耳を疑った。マティウスが言った言葉が理解出来ない。
「陛下、今何と……?」
「二度も言わせるな。クビだと言ったんだ」
「な、何故ですか!」
 あまりにも突然の事で訳が分からない。昨日まで普通に仕えていたのにも関わらず、クビにされるような事をした覚えもない。
「今後指揮官は、ボーゲンに任せるとする」
「そんな。訳をお聞かせ下さい」
 必死に食い下がるレオンハルトをマティウスはいかにも目障りだという顔をした。
「おまえはもう用済みだ。私の前から失せろ……!」
「!」
 もう言葉も出なかった。
 マティウスの命令は絶対である。レオンハルトは力無く下がった。
 絶望という暗闇が広がる。何かの間違いであって欲しい。ボーゲン伯爵の妬みの陰謀ならばまだ暴いて撤回させる事も出来ようが、今の自分にそんな気力はなかった。
 そこへ嫌な事にボーゲンと擦れ違う。
「卿も落ちたものだな」
 嘲っていた。
 慈悲も憐れみもない。あるのは恥辱だけ。
 築き上げたものが全て崩れ落ちてしまった。また無力な自分に戻ってしまう。
 これからどうすればいいか、自室に戻って考えを巡らせた。必要とされないならば、此処から去るしかない。兜を脱ぎ捨てた。
 自分の居場所はもう此処にしかなかったと言うのに……。

 マティウスの部屋からレオンハルトが去った後、ボーゲンが来て頭を下げた。そして何やら笑いが止まらないらしく、ニヤニヤとしていた。
「良いんですか? 陛下」
「構わぬ」
 ボーゲンの問い掛けに、マティウスはあっけらかんとしていた。もうレオンハルトの事など頭に微塵にもない。
「私に逆らうようなら、斬り殺してやったのだがな」
 そういう展開を想像し、マティウスも笑った。

 荷を纏め、レオンハルトは外へ出ると、パラメキア城を見上げた。丁度見詰めるあの辺りにマティウスの部屋がある。やがて未練がましいと、立ち去った。
 行く当てもなく、とりあえず北を目指した。城を出たのが夕方に近かったので、林で野宿をする事にした。
 小枝を広い、薪にして火を起こした。簡単な荷物しか持ってこなかったので、明日には何処か町に辿り着かないといけなかった。
 両足を抱え、揺らめく小さな炎を見つめる。ゆらゆらと燃える小さな炎の中に、燃え行く故郷と裏切りの自分が見えた気がした。あの頃には嫌悪しかない。俯いて目をつぶった。
「所詮俺は、無力なままだったのか……」
 思い出すのは、嫌ながらマティウスとのやりとりばかり。
「っ……陛下ぁ」
 何故、今更私を追い出したのです……!
 悔し涙か、定かでない涙がレオンハルトの頬を伝った。こんなにも悲しくて、辛い。
「私は……あなたに仕えていたい……ッ!」
 心底の本音。
 他国から見れば我が儘で残忍な皇帝かも知れない。辛いと思った事も数え切れないぐらいあった。それでも誰よりも側にいる喜びを覚えた。
 これは夢で、目覚めたら何もかも今まで通りであって欲しい。
「それが、おまえの本心か」
 聞き覚えのある声に顔を上げると、それはどう見てもマティウスで、しかし魔力で作り出された分身であった。
「陛、下……?」
 今更何の用があるのか、それともこんな自分を笑いに来たのか。レオンハルトには分からなかった。
「おまえには冗談も通じないのか?」
 呆れて見下ろすマティウスの顔は、見慣れた、人を見下す笑み。
 泣き腫らした顔のままマティウスを見上げ、これがようやくいつもの戯れだと分かった。
 つまりボーゲンの発言も「嘘も見抜けないのか」と言っていたのだ。
「真に受けおって。おまえはアホだな」
 あまりにも手の込んだ嘘で、もう怒る気にもなれない。刺々しい嫌味も今は何だか嬉しかった。
「なあ……んだ……」
 確かに自分は馬鹿らしい。
 レオンハルトは安心したのか急に眠気が襲い、気を失うように倒れた。
「……そう言えば、おまえはまだ19だったな」
 マティウスから見ればまだまだ子供に過ぎない。安らかな寝顔を見て鼻で笑う。いつもこんな顔をして寝ているのかと思うと睡眠を妨害したくなる。
「だからからかい甲斐があると言うのだ。馬鹿者」
 そのままレオンハルトを持ち上げ、パラメキア城までテレポートした。

 誰がこんな面白いモノを手放すか。
 ニヤニヤ、にやにや。
 やはりおまえは、私が大好きではないか。
 そんな自分もレオンハルトが好きなんだと皮肉に思いながら、マティウスは上機嫌で笑っていた。


皇帝→←レオンにしたつもりですが、前回書かせて頂いたリクの続きのような?感じになりました。何だか二番煎じくさくてすみません…。こんなので宜しければお納め下さい。
アルユクさん、リクエストありがとうございました!

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