エリーゼの為に

 奏でるのは美しい旋律か。それとも……。

 ミンウはフィン王と大臣達とお供でパラメキアに来ていた。パラメキアの皇帝との会談の為だった。しかしミンウは参加する事が出来ないので、別の部屋で待っていた。
「フィンの魔導師。退屈ではないか?」
 ふとミンウの前に現れたのはマティウス皇子だった。相変わらず蒼白な顔色をしている。健康的な少し浅黒い肌をしているミンウとは対象的だった。
「いえ。お気遣いなさらずに」
「そうはいかぬ……そうだ。城の中を案内しよう」
 思い付いたマティウスはミンウを連れて歩きだす。暫く案内された後、たどり着いたのはピアノが一台置かれていた広間のような場所だった。
「此処で良く、母上がピアノを弾いているのだ」
 皇帝の妃アイルはピアノが趣味らしく、マティウスはいつもその旋律に耳を傾けていた。
「何度か練習したが、私には好かぬ。そなたはどうだ?」
 鍵盤を人差し指で数回押し鳴らしながらミンウに言った。
「たしなむ程度ですが」
「聴かせてくれ」
 言われて弾かない訳にはいかない。ミンウは椅子に腰掛け、軽くピアノを弾き始めた。
 その曲は偶然にも、妃アイルが好きな曲と同じだった。マティウスは静かに聴き入る。
「……美しいな」
 弾き終わって鍵盤から手を下ろした。
「そこまで言って頂けるような実力では」
 謙遜したミンウだったが、マティウスはそれを遮って言った。
「いや、そなたの事だ」
 ミンウは少し驚き否定する。
「後冗談を」
「私は、美しいものが好きなのだ」
 マティウスは少し笑いながら言うと、ミンウの手を取り甲にそっとキスをした。ヒヤッとした爪の長い手で掴まれた感触と薄い唇の熱が、ミンウの背筋をゾクッとさせた。
「ミンウ……」
 名前を呼ばれ、じっとこちらを見つめられどうしていいか分からず、ただその自分の姿が映り込むマティウスの瞳を見ていた。次第にそれは色濃い力強さを妖艶に漂わせ始めた。
 ミンウは何だかクラクラしてきた。
「どうだ。私のものにならないか?」
 そっと耳元で囁かれ、マスクを下ろされる。
「何、を……」
 次の言葉を言おうとした瞬間にはもう唇は塞がれていた。驚きのあまり瞳孔が開いた。生々しい感触に頭の中が真っ白になる。緩んだ唇の隙間をこじ開けて舌を絡められた。
「んぅ、ふ……!」
 抵抗しようにも力が抜けて出来ず、されるがまま。やっと離された時には、頭がボーっとしていた。
「やはり、美しい」
 マティウスは艶っぽくなっていたミンウの頬を撫で上げる。
 その時、15時を告げる鐘の音が鳴り響いた。それを聞いてミンウはハッとした。会談は15時で終わるのを思い出した。急いで戻ろうとした。マティウスもそれを分かっていたので、引き止めはしなかった。
「私は本気だぞ?」
 背中越しに言われ立ち止まった。
 私のものになれ。
 それは恋人としてか、あるいは参謀としてか。答えはあのキスが全てだった。
 ミンウは振り返り、頭を下げた。
「失礼致します……」
 マティウスは怪しげな視線を向けたまま、うっすらと笑っていた。
 広間を出たミンウは、震えが止まらなくなった。
 マティウスの瞳を思い出すと鼓動が速さを増す。
 あの鐘の音がなかったら、もしかして……。
 一瞬だが、胸の高鳴りを覚えた。心を奪われたのだ。解けない魔法をかけられたかのように。

 それを知ってか、
 壊れた旋律が、
 漠然と頭の中で響いていた。


あわわわ。こんな内容なマティミンですみません。何だか中途半端で…。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。哲様リクエスト有難うございました!

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