慧眼

 坊や。
 ヤマトの坊や。
 古代……。


「構えろ」
 デスラーが銃口を差し向けた。古代はゆっくりと言われた通り拳銃をデスラーに向け構えた。どちらが早く相手を貫くか。古代に緊張が走る。生唾を飲み込み、じっと相手の動きを見極めようと必死だった。
「撃て。古代」
 挑発なのか、デスラーが仕向ける。古代は拳銃を握る手に力を込めた。いつでも撃てる。だが、いざとなると何故か引き金が動かない。指が手が、強張っている。
「撃たないか……!」
 焦るような素振りを見せるデスラー。それでも古代は撃てなかった。
 かつて敵同士だった。憎い相手である筈なのに、今はそんな気持ちは微塵もなかった。寧ろ、その逆である。戦い抜いた戦友という奇妙な感情が芽生えていた。好敵手。ライバル。互いがいなくては始まらない。そんな気持ち。
 やがてデスラーは拳銃をその手から滑り落とした。痺れを切らせたのかと思ったが、片膝をついた。立っているのがやっとの程の傷を負っていた。
「デスラー……傷付いていたのか」
 古代は戸惑うように拳銃を下ろした。
「フフ……情けないものだ」
 自嘲するデスラー。白色彗星帝国に身を寄せ屈辱に耐え、ガミラス再建を夢見ていた。たが、また立ちはだかったのはヤマト。そこにあったのは憎しみを越えた熱い思い。
 古代がゆっくりと側に歩み寄る。手を、取り合う。叶わないであろうと思いながら、体を労ろうと触れようとしたが、案の定デスラーはその手を拒んだ。
「デスラー……」
「この手を受け入れれば、私のプライドが耐え切れんのだ。古代」
 難色する古代。分かっていたが、苦しい。
「……そのプライドは、どうやったら消えるんだ?」
 そんなものブッ壊れちまえ。
 古代はどうすればいいのか、立ち尽くす。その時だった。
「古代ッ」
 突然デスラーが古代に被さるように押し倒した。その後すぐ銃声が聞こえ、デスラーは自分の拳銃を拾い上げて打ち返した。死んだと思っていたミルがまだ生きていた。デスラーの拳銃に漸く息の根を止めた。
「デスラー!!」
 古代はデスラーが自分を庇って負傷した事が信じられずショックだった。覆いかぶさるデスラーは苦悶の表情で古代を見ていた。
「そんな顔を……するな……」
 古代は今にも泣きそうだった。起き上がり、デスラーを横たわらせた。
「何故。デスラー」
 庇った事を責めている。デスラーは笑って見せた。
「……もう、失いたくはなかった……」
 ガミラス人も自分だけになってしまった。戦友までいなくなってしまったら、孤独以外に何も残らない。
 古代は、デスラーを抱きしめた。ア然とデスラーは古代を見た。
(愚、かな……)
 熱い思い。
 それは、愛情。
「デスラー……ッ」
 絞り出した掠れた声。泣いていた。
 泣いてくれるのか。他人の為に。
「古、代」
 デスラーは古代の頭を引き寄せ、その唇に触れた。最後の最後に、甘い別れを。涙の味がする。
 その意味を古代がどう捉えたかデスラーには分かっていた。拒絶でも承諾ない。ただ、想いの意味を受け止めて、敬意を。
 お前らしい──。
 デスラーは古代を引き離して立ち上がった。
 最後に宇宙に散るのも良いだろう。
「デスラーッ!!」
 古代の叫び声を聞きながら、デスラーは宇宙空間へ自ら身を投げた。古代は佇んだまま涙を流していた。救えなかった悔しさ、行き場を失った、想い。
 静かに敬礼をし、別れを告げた。


 古代。
 お前は変わらないな。
 そう、いつまでも私だけの坊やなのだから。

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