鎮魂歌1

 カムパネルラ。
 僕のたった一人の友達だった。だけど君はあの銀河へ行ってしまった。僕は君と旅した事をずっと忘れないよ。

 明日の放課後、皆さんで家へ遊びに来て下さいね。
 博士であるカムパネルラの父が言った。でもジョバンニはどうしても皆とは行けなかった。勿論仕事もあったし、ザネリやマルソと顔を合わせたくなかった。学校でも会話を交わす事もなかった。
 ザネリはと言うと、酷く落ち込みその罪悪感で一杯で、涙ながらにカムパネルラの父に謝ったと言う。許される事ではないが、何度も謝った。そんなザネリに博士は優しく声をかけたそうだ。
 先生はジョバンニの家に来る予定だったが、カムパネルラの事もありまた後日になった。
 あっという間に一日が過ぎていく。
 クラス全員でカムパネルラの葬儀に参列した。葬儀は質素なものだった。空の棺桶は遺体がなくては土葬もされず、ただ墓石だけが此処がカムパネルラの眠る場所だと示していた。
 博士は最後まで涙を見せなかった。
 ジョバンニはただ傍観するだけ。何も、変わらない。

 後日。放課後、ジョバンニは一人机の教科書を鞄に詰め込むと、仕事先である活版所へ向かった。いつものように頼まれた活字を拾い、回りの大人達の冷やかしを聞き流し、仕事を終えた。最後に主任から受け取った銀貨を大切に財布の中にしまう。
 今日は早く終わる事が出来たので、夕暮れ前の町並みを眺めるようにゆっくりと家路を歩いた。
 ──皆さんで、遊びに来て下さいね。
 ふと頭を過ぎる博士の声。皆さんで。に、自分も含まれている。もしかしたら待っていてくれているのではないだろうか。ジョバンニはヒヤリと胸が風を受けて立ち止まった。
 行った方がいいのでは。
 そんな葛藤を暫く続けているうちに、気が付けばカムパネルラの家の前だった。ドアを叩こうとしてまた止まる。そして散々悩んだ末、ジョバンニは漸くドアを叩いた。少しもしない間にドアが開いた。博士は穏やかな顔でジョバンニを迎え入れてくれた。内心ホッとした。
「ああ、ジョバンニさん。遊びに来てくれたんですね」
「こんにちは」
「なかなか来てくれないから、どうしたのかと思っていました」
 博士はずっと気にかけていてくれたらしく、ジョバンニは申し訳なく思った。
「今、紅茶を淹れて来ますね」
 ジョバンニは椅子に座った。隣の部屋にアルコールランプで走る汽車が見えた。昔よく、学校から帰る途中カムパネルラの家に寄り、その汽車を一緒に動かして遊んでいた。
 ジョバンニの父は博士と小さい時から友達だった。だから、ジョバンニが小さい頃一緒にカムパネルラの家に連れて行ってもらっていた。長い付き合いである。
 汽車は今は動いていないらしく、うっすら埃をかぶっているようだった。持ち主を失った可哀相な末路。
 博士に頼んで動かしてあげようか。ジョバンニは茫然と考えた。
 そうすれば命を吹き返す。生き物と違ってモノであるから簡単な事だった。
 カチャ、と陶器がぶつかる音にジョバンニは視線を戻すと博士が紅茶を持って来た。アップルのイイニオイがする。おぼんから取り出す。ハチミツの焼き菓子もあった。差し出された紅茶にジョバンニは角砂糖を2つ入れた。
「学校は楽しいですか?」
「ええ、まあ……」
 ジョバンニは曖昧に答えた。楽しいかどうかなど分からない。ザネリ達がいるから? それともカムパネルラがいないから……。いや、楽しいと思った事など過去の話で、今現在そんな感情はなかった。常に孤独だった。誰のせいでもないが、時々無償に怒りと悲しさを覚えた。ただやはり、カムパネルラは特別だった。いなくなってしまったのはどうにもならない。
 思わず俯いてしまう。その感情を察した博士はジョバンニを気遣った。
「カムパネルラがいなくて、寂しいでしょう。僕も、心にポッカリと穴が開いてしまって。時々いなくなった事を痛烈に感じるんです」
 ジョバンニは紅茶を一口飲んだ。勧められた菓子を食べると、甘い香と味がして至福に包まれる。
「凄く、美味しいです」
「それは良かった。昔家内が良く作ってくれていた菓子でね」
 カムパネルラの母は随分前に家を出てしまっている。行方知れずと言っていい。生死も理由も分からないが、カムパネルラが時折悲しそうな顔をしていたのを覚えがあった。だから深くは聞かなかった。
「遠慮せずにたくさん食べて下さいね」
 嬉しそうに笑う。まるでカムパネルラだ。ジョバンニは何だか切なくなってきた。
「……あの」
「何ですか?」
「銀河が載っている雑誌が見たいんです」
「いいですよ」
 博士は快く頷いた。

 書斎に連れて来てもらった。博士は沢山の本の中から、その雑誌を探してくれた。
「ああ、あった」
 すっかり埃を被ってしまっていた。払って綺麗にした後、ジョバンニに渡した。
 ページをめくって、銀河の写真を見詰めた。カムパネルラとの思い出、旅を思い出す。
「ジョバンニさんは、銀河が好きなのですか?」
 好きかどうか、分からないまま頷いた。興味があるから、カムパネルラがいるような気がして……。少し、目頭が熱くなった。
「ジョバンニさん」
 名前を呼ばれて見上げると、博士に抱き締められた。ジョバンニは驚いてただ黙っていた。戸惑いもあった。まるで父に抱き締められているようで嬉しさもあった。そして、温かかった。
「辛いでしょう。我慢しないで泣いていいんですよ」
 涙腺がゆるりと、涙が溢れた。誰もそんな事、言ってくれなかった。ジョバンニは塞きを切ったようにボロボロと涙を零して泣いた。
「僕、僕……」
「大丈夫。何も言わないで下さい」
「いいえ。僕は、謝らなければならないんです」
「何故?」
 博士はジョバンニの顔が見えるくらいに体を少し離した。ジョバンニは覚悟を決めた。
「信じてもらえないかも知れませんが、ケンタウル祭のあの日、カムパネルラと銀河を旅したんです」
 色んなものを見た。二人で何処までも行こうと約束をした。あの闇も一緒なら怖くはなかった。けれども、カムパネルラは行ってしまった。行くなとジョバンニは叫んだ。声が虚しく響いた後、旅は終わりを告げた。
 博士は黙ってジョバンニの話を聞いていた。目を細め、見守るように。
「言わないでいて、ごめんなさい」
 話し終えると、博士は首を横に振った。
「いいえ。それを聞いて安心しました。カムパネルラは一人ではなかったのだと」
「……僕は、カムパネルラを救えませんでした」
 ジョバンニが仲間外れにされている時、カムパネルラはいつも申し訳なさそうな顔をしていた。ジョバンニもカムパネルラが苦しんでいるのが分かった。
「そんな事はありません。カムパネルラもジョバンニさんと旅した事こそが救いだったでしょう」
「おじさん……」
 そう言ってもらえて、救われたのはジョバンニだった。黙って博士の胸に顔を埋めると、また抱き締めてくれた。
 早く、父が帰ってくれば、同じように抱き締めてもらえる。ジョバンニは父を思った。

 気が付けば辺りは薄暗くなっていた。そろそろ帰らなくてはとジョバンニは博士に言った。すると、先程の焼き菓子の残りを包んで持たせてくれた。是非母に食べさせてくれと。ジョバンニは嬉しくて御礼を言った。
「どうもありがとう」
「また、遊びに来て下さいね」
 ジョバンニは、今度はハッキリと頷いたのだった。

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