優しい記憶

 柄にもなく、考えたんだ。

 まだ人間が存在しない表の世界。どのくらい日々が過ぎたであろうか。アークが悪戦苦闘の毎日を過ごして来て、目覚めさせた大地。話し相手は今のところ植物や動物達。言葉が理解出来るは驚きだった。普通は解る筈がないのだ。
 何ものにも捕われず、広い世界にいると心が深く思える。色んな事を思う。
 それが、最初に思った事は。
(エル……)
 自分がいない間、エルは何をしているのだろうか。何気ない日常を、機織りをしながら過ごしているのか。クリスタルブルーに映る姿を見ながら。
(心配してるか?)
 別れのあの日、エルは泣いていただろう。笑顔なんか出来なくっても、それでも最後に顔が見たかった。エルの顔をこの目にしっかり焼き付けて。
(上手く思い出せなくなっちまうよ)
 悪戯をして怒られていた事が懐かしい。
「なーにしてんだ?」
 座り込んでぼーっとしていたアークにヨミが突っ込んだ。
「考え事か。らしくない」
 頭の上にちょこんと乗られたが、怒る気にもなれない。アークは溜息をついた。
「いいなお前は。何にも考えなくて」
 ヨミはムッと顔をしかめた。アークの頭から下り、そっぽを向く。
「オイラだって色々考えてるさ。アークに言われたくないね」
「ふうん」
 アークは興味なさそうに寝転がった。
 確かに長老の壮大な考えには感銘した。だが、何故自分なのだろう。パンドラの箱を開けてしまったが為に。誰でも開けられた箱なら、それこそ誰でも良かったんだ。選ばれた訳ではない。それでも……。
 自分がやらなければ。
 そう、思えてならない。
「……聞かないのか?」
 ヨミがアークを気にしながら言った。
「別に。もう、考えるのは止めた」
 アークは欠伸をかいた。
 エル。
 きっと帰る。
 だからそれまで、
 ……、……──。
 静かに寝息が聞こえた。

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