fall

 東和での祝宴の最中、気がつけば諸絞の姿がなかった。阿奴志己が隣にいた乙代に尋ねれば、今し方出て行ったという。どこへ行ったのか。探しに行きたいが、盛り上がっている最中に席を外しては無粋というもの。それを言うなら諸絞もそうなのだが、かつて最年少の長であった彼に、他の長達も何だかんだで甘い部分があった。
 結局、厠へ行って来る、ともっともらしい理由で席を立ち外へ出た。夜の空気は冷たく心地好い。少し飲み過ぎているかなと思ったが、今日だけは存分に浮かれて酒を飲んでも罰は当たるまい。
 フラフラと歩いていると、別室に明かりが灯っている。そう言えば、阿弖流為達は始めは席を同じくしていたが、後は若い者同士でと下がってしまっていた。まさかなと、様子を窺おうとしたら、声が聞こえてきた。
「オレもそなたも、長に似つかわんの」
 伊佐西古の声だ。長だと言った。ここに伊佐西古の他に長がいるとなると、諸絞以外にいないだろう。そして案の定、諸絞の声が聞こえてくる。阿弖流為に阿久斗の事を話している。
 そういえば阿久斗は酔った勢いか、長の座を譲りたいと言っていた。阿弖流為の活躍を見ての事で、気持ちは分からないでもない。が、長より大事な務めがあると二風に諌められていた。
「約束したであろう。兄弟の固めの酒だ」
 諸絞の言葉に、何故諸絞が抜け出したのか合点した。
 いつの間にそんな約束をしたのか、この為に。阿奴志己は微笑む。邪魔しては悪いとその場を離れ、柱にもたれ掛かる。突っ張っていた頃の諸絞を思えば、大した進歩でその成長は喜ばしい。
「阿奴志己?」
 不意に名前を呼ばれれば、諸絞が立っていた。どうやら阿弖流為達のところから戻るようだ。
「こんなところで何をしている」
 先程のやり取りや酒も手伝ってか、ニコニコと上機嫌である。阿奴志己はざわめきを感じていた。こんなチャンスは、滅多にない。その途端、スッと意識がハッキリしてきた。
「いや……少し酔い醒ましをな」
 本当に半分醒めた。諸絞は無防備に側に立つ。酒で火照った体から色香が漂うように、鼻孔を擽られる。思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「おれは少し、阿弖流為とな」
 含み笑いで内緒だと上目遣いにコチラを見た。そんな無邪気な顔を所構わずしているのかと思うと、口惜しい。自分だけに向けて欲しい。阿奴志己は欲望を剥き出す。
「阿弖流為とばかり。俺とは、契ってくれぬのか?」
「へ?」
 そう言って体を抱き寄せると、諸絞は赤い顔を更に赤くさせた。愛らしくて、もっといじめたくなる。
「んなっ、阿奴志己! おれは阿弖流為とは」
 身をよじり、逃れようとするのを力を込めて阻止すると、阿奴志己は耳元に囁く。。
「そうだったな、兄弟固めをしたのだろう」
「し、知っていたのか?」
 驚く諸絞。酒で鈍った頭では、中々いつもの思考が働かない。バレてしまっては仕方がないと、訳を話そうとする。
「いやな、阿弖流為のヤツも思った以上に──」
 しかし、今の阿奴志己にそんな話はどうでも良かった。
 阿弖流為、阿弖流為と嬉しそうに男の名前を呼ぶのが嫌で堪らない。今目の前にいるのは自分なのだ。
「諸絞、俺と契れ。俺のものになれ」
 迫る阿奴志己に、諸絞は完全に目が点になりリアクションも取れずに見ていた。それに構わず阿奴志己は唇を奪った。
 遅れて抵抗した諸絞だったが、酔っていてはいつもの半分も力が出ない。阿奴志己にガッチリと掴まれて、口内に侵入した舌がぬらりと絡められクラクラする。
「んう……ッ」
 気が済んだのか、ようやく阿奴志己の唇が離れると、諸絞は呆然と動けずにいた。
「……なんで」
「分からないか?」
「おれを、おれは男だぞ」
「ああ」
 このまま犯してしまいたいところだが、場所もそうだし、何より厠へ行くのに時間がかかりすぎである。さすがに従者達が心配して探しに来るかも知れない。
「この口吸いが契りの代わりだ。今は」
 阿奴志己はもう一度軽く唇を重ねた。それから何事もなかったかのように離れ、広間へ戻ろうとする。諸絞は弾かれたように声を張り上げた。
「かっ、勝手に。おれは承知せぬぞ、阿奴志己!」
 背中越しに耳に入る声は、意味を持たない。
 そなたは、俺のものだ。
 嫉妬じみた独占欲。
 周りにどう思われようが、それでも良い。
 阿奴志己はいつこの腕の中に捕らえられるか、喉の奥でくつくつと笑った。

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