恋慕

 眠れない。
 銀は牙城から外に出た。
 静寂に包まれた暗闇の中、柔らかな月明かりに照らし出される。丘の上へ行った。見上げた空には星の瞬きが幾千と輝いている。そして何をするでもなく、ただじっとしていた。
「大輔……」
 銀は大輔の事を思っていた。一緒にいたあの温もりが何だか懐かしくなった。ずっと側にいて守ってやりたかったが、それは出来なかった。
 大輔には随分寂しい思いをさせてしまったと思う。今でも出来る事なら戻ってやりたい。だが、自分だけ人間に甘える生活をする訳には今更いかない。
「眠れないのか? 銀」
 そこへ赤目がやって来た。
「赤目……まあな。お前もか」
 頷きながら銀の隣に座る赤目。
「今夜は酷く冷えるな」
 赤目は身震いして銀を見た。
「あまり長居すると風邪を引きそうだ」
 銀はさっきまで寒さすら感じないほど考え込んでいたので、今になって寒さが身に染みた。
 また少し物思いに夜空を見上げた銀。そんな銀を見て赤目は気にかかった。
「何か、思い詰めた顔だな」
 一瞬ドキッとした銀。心の内を見透かされたような気がした。
「悩み事か。俺で良ければ話を聞くぞ」
「いや、いい。たいした事じゃない……」
 銀は首を横に振った。
 本当は同じ飼い犬としてジョンに聞いてみたかった。ジョンはどう思っていたのだろう。会いたくはなかったのか、戻りたくはなかったのか。そしてどうすればいいか、諭して欲しかった。
 でもジョンは死んでしまった。あのジョンが死ぬなんて信じられなかった。もう何も聞けない。
「そうか。だが、相談したくなったらいつでも話せ」
「ああ」
 赤目の優しさが嬉しかった。
 しかしこれは自分の問題。もしジョンを頼っていたとしても、結局は自分で判断を下さなければならない。
「奥羽も平和になったな」
 赤目が物思いに言うので、銀も頷いた。
 もう、あの法玄はいない。悪は去った。
「これもウィード達が頑張ったお陰だ」
「私がいなくとも、立派に成長してくれたよ」
 銀は誇らしげに言った。
 信頼出来る仲間に支えられ強く逞しくなった。昔の自分を見ているかのようだ。これからが楽しみだ。
 銀は寒くなって、赤目に体を寄せた。暖かい。目をつぶって温もりを感じる。
「そろそろ戻るか?」
「いや、もう少し」
 赤目は銀が戻るまで付き合う事にした。寒さだって寄り添っていれば大丈夫だった。
「星が綺麗だな」
 夜空を見上げた赤目が言った。銀はゆっくり目を開けてもう一度星を見つめた。
「ああ。そうだな」
 煌めく星は、何だか寂しく見えた。
 この星空を、大輔も見ているだろうか?

 大輔。
 今夜は酷くお前に逢いたい。

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