「はろ……う、いん?」
聞き慣れない言葉に、発音するのがたどたどしくなった。
諸絞は難しい顔で、目の前でニヤニヤしている鮮麻呂を見た。久々に長の集まりで顔を合わせて見れば、面白い話を聞いたと口を開いた。
「そうだ。嶋足と天鈴が都で聞いたと教えてくれた。遠い異国の祭りだそうだ」
ふうん、と諸絞は一口酒を煽る。性格が合わないのか、互いに敬遠していたのは自覚していた。それ故、対になって話す機会もあまりなかった。それがこうも簡単に成している事になんだかむず痒く、諸絞は酔わないと気後れしそうな気がして、酒が手放せない。
逆に鮮麻呂は興奮気味に、聞いた事を間違いなく諸絞に教えてやろうと、素面であった。他の長達では年長ばかりで、話が合うか分からない。取っ付きにくいが、歳が近い諸絞が一番最適だった。
「菓子か悪戯か、どちらがいいか相手に尋ねるそうだ。菓子を貰えれば何もなし。菓子がない時は」
「悪戯をするのか」
諸絞の言葉に頷く鮮麻呂。
異国の人々は変わった事をしているのだなと、良く理解は出来ないがそう思った。
「その時に、こう言えばいいらしい」
鮮麻呂は得意気に言った。
話を聞いたからには、誰かに試してみたいというもの。諸絞は真っ先に阿奴志己を思い浮かべた。
早速志和へ向かった。馬を走らせている間も、阿奴志己のポカンとするであろう顔を想像して口元を笑わせる。
屋敷へ到着すると、阿奴志己は歓迎してくれた。酒のもてなしの前に、諸絞は鮮麻呂の言っていた言葉を放つ。
「とりっく、おあ、とりいと!」
「……は?」
阿奴志己はいきなり諸絞が訳の分からない言葉を発するので、何事かと戸惑う。思った通りの様子に、諸絞はおかしくてたまらない。
「何を言っているのだ?」
「菓子を寄越さねば、悪戯をされるぞ」
くすくす笑いながら見上げると、阿奴志己は良くは理解していなさそうだが、
「菓子ならば、山へ一緒に採りに行くか」
と提案してきた。今の時期ならばムベなどが成っているが、諸絞は首を横に振る。
「今すぐに阿奴志己がくれなければ、意味がないのだ」
それがハロウインというものだ、と説明してやれば、
「ふむ、そうか……。しかし異国では、不思議な事をするのだな」
阿奴志己は関心しつつ、残念そうに諸絞を見る。
「では、悪戯されるしかあるまい」
諸絞は待ってましたと言わんばかりに、阿奴志己を擽らせにかかった。
「ちょっ、やめ、んはは」
よじれる体に、楽しく指を動かす。転がる二人。涙目で顔を赤くして息も絶え絶えになったところで勘弁してやったのだが。
「……諸絞」
「ん?」
息を整えた阿奴志己が顔を上げて諸絞を見る。
「とりっく、おあ、とりいと」
「へ?!」
今度は逆に菓子を求められてしまい、まさかと諸絞は慌てふためく。勿論持ち合わせてなどいない。
「菓子を貰えないのならば」
悪戯していいのだろう。そう物語る顔に、これは仕返しかと諸絞が思う間もなく。手を取られ、甲に唇が触れる。
「っつ」
火傷しかたのように熱く、甘い痺れが走る。幾度も位置を変え、吸い付く。
「阿奴、志己っ」
羞恥に顔を赤し、もう止めてくれと諸絞が懇願する。こんな事をされては心臓が持たない。だが、とうとう阿奴志己は舌を出し舐め上げた。
「っあ、あ、阿奴志己ッ!」
怒鳴るほど叫べば、漸く離してくれた。ホッとした諸絞だったが、目の前のしたり顔でいるその顔を張り倒してくれたい。ムスっとしていると、阿奴志己は笑いながら謝ってきた。
「すまぬすまぬ。愛らしいそなたに少し、我を忘れてしもうた」
それでもすぐに機嫌が良くなるわけではない。阿奴志己は諸絞を促した。
「ほら、一緒にムベでも採りに参ろう」
「ふん。おれは唐菓子が食いたい」
「それは二風さまにねだれ。甘味はなかなか手に入らんからな」
困ったように笑いながら、背中を押す。諸絞は拗ねながら、まだ赤い顔を向けていた。