静まり返る広場。収穫を祝う祭りの余興。決闘という名の殺し合い。
 胆沢征伐の際、呰麻呂の軍が伊佐西古の指揮に下るかどうか、道嶋御楯の覚悟を見る為だった。
 そして、御楯の相手に伊治呰麻呂の娘、綺羅が闘いを申し出、観衆が固唾を飲んで見守る中、勝敗は決した。
 綺羅は、だんだん意識が薄れていくのを感じた。
(ああ、あたしは、あんたの役に立てたかな……?)


 呰麻呂と虎麻呂、獅子丸と一緒に雄勝へ行ったのは数日前の事である。勃海商人との交易の為に行ったのだが、そもそも呰麻呂が自ら行く必要は全くなく、ただの息抜きだった。綺羅もすっかり旅気分で、満喫していた。
 美味しい物を食べ、呰麻呂の交渉の下手さに笑い、笑顔が絶えなかった。だから、辻占いを見かけた時も、パッと顔を煌めかせ、呰麻呂におねだりをして占ってもらったのだ。
 何を占ってもらうか聞かれたが、綺羅は答えなかった。それは勿論、年頃の娘ならではの事で。
 占いを頼むと、辻占いの老婆は暫く占う動作を続けた。やがて終わったらしく、ゆっくりと綺羅を見据えた。
「で、どうだい? 成就するかい?」
 期待して尋ねるも、老婆の表情は暗い。
「いや……そなた、良くない相が出ているよ」
「え?」
 綺羅は顔をしかめた。
「あたしに何か、悪い事が起こるのかい?」
 質せば、老婆は戸惑いがちに頷く。
「そなた自身にも、それは身近な人間にも、相俟ってしまう運命だ」
「身近って……」
 思い浮かぶのは、呰麻呂と祖父や虎麻呂に獅子丸など。彼らにも悪影響があるとは、一体自分はどれだけの災難に見舞われるのか、少し恐ろしくなった。
「気をつけなされ」
 それ以上、老婆が口を開く事はなかった。
 滅入ってしまい、楽しい気分が台なしである。綺羅は呰麻呂に慰められつつ、その後も楽しく過ごした。良い思い出として、心に止められた。

(畜生。全部、占いのままだ……)
 あの時はいんちきだと、気にしない事にした。だが、何の悪戯か、神は残酷なもので、占いは的中した。
 負けた。
 降伏も許されないと分かっていたから、しなかった。
 しかしこれで、自分の災いが身近な人に影響する心配もなくなったはず。
 綺羅は、薄れ行く意識の中、両目で呰麻呂の姿を求めていた。
(親方さ、ま……どこ、に)
 母親が死んでから、二人はずっと側にいた。早く強くなって呰麻呂の力になりたいと、綺羅は武術の訓練に明け暮れた。
(親方、さま……、)
 自分の父親、ましてや郡領の親方に向かって「あんた」呼ばわりをしているのを、周りは良く思っていなかったかも知れない。でも、綺羅は言いたくなかった。気恥ずかしさもあったが、対等にはなれないと認めてしまうのが嫌だった。だから、必要である時以外口にしなかった。
(……あたし、は)
 獅子丸の事は好きだったが、一緒になりたいとか、そういう感情はなかった。
 いつだって、心の奥底にいたのはあんただった。
(父、さん……、)
 ゆらゆらと視点が定まらない中、その姿を捉えた。表情のない呰麻呂は、ただ桟敷で綺羅を見ていた。じっと、何かに堪えるようにも見えたのは、気のせいだろうか。
 綺羅は笑った。上手く笑えていなかったかもしれないが、精一杯呰麻呂へ向けて。
 意地っ張りで不器用なところは、全部あんたに似ちゃったんだよ。
 ねえ、
 気付いていた?
 結局、最後まで、
 あたしを見てくれなかったね。
(呰、麻……呂……──)
 呰麻呂。
 好きだった。

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