君の名を

 違和感。それは幼い頃から感じていた。友達と遊ぶ時、男同士なのにどこか遠慮していた。勿論楽しくなかった訳ではない。大人しくてなよなよしていたものだから、逆に男の子より女の子の友達の方が多く、よく一緒に交じって遊んでいた。その時は遠慮する事もなく大いに楽しめた。
 性格のせいだと思っていた。
 何かが違うのだ。同じに見て欲しくない。弱い存在だと。男の子のようにではなく、女の子のように。同性への目線は既に異性としていた。
 気付いてしまった時のショックは安堵でもあった。やはり、そうなのだと。

 両親もとっくに寝静まった家で、ひとり眠れない少年は呟いた。
 ──僕……女の子がいいの。どうして女の子に生んでくれなかったの。
 潤んだ瞳で夜空を眺める。流れ星に願えば、叶うだろうか。
 ──ぼ……あたし、あたし、あたし……。
 しっくりくる一人称もこちら。それがなんだか嬉しくなってきて、何度も口にする。
 ──あたしは……、そう……。
 名前は可愛らしく。今の名前はあまり好きではなかった。すべてを新しく。ズボンよりスカートがはきたい。もっと髪の毛を伸ばしたい。お洒落をしたい。
 ああ、もう戻れない。

 当時、一番の仲良しであった女の子に、勇気を振り絞ってカミングアウトした。その子は驚いていたものの、差別や軽蔑する素振りはなかった。なんとなく気付いていたのかも知れない。変わらずに接してくれて、どれだけ救われた思いだったか。
 そして、今思えば……──。
「今なら分かるもの」
 メリッサは珍しくパブで深酒していた。急に苦い昔を思い出して、感傷に浸っていた。
「何が?」
 隣で同じく飲んでいたトムは聞き返したが、メリッサは答えなかった。
「内緒」
 笑って誤魔化す。
 あの子が自分を好いていたのだと。恋する瞳で、寂し気に笑っていた。本音を告げても永遠に叶わないのだと。
 なんて皮肉な話だろう。
 酷い事をしたとは思うが、その時の自分は極限状態とでも言うべきか、周りを気にして誰かを気遣う余裕などなかった。
 それでも時々思うのだ。本当にこれで良かったのかと。掛け違えたボタンのように、掛け直す事は出来なかったのかと。否、一度意識したものは簡単に消せない。
 男が好き、女になりたい。
(アタシ、本当はアナタになりたかったのかもね)
 だって。
 その子の名前は、
 ”メリッサ”

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