お返しの閑話

 二月十四日と対になるこの日。パーティの主力であるイグナシスは、皆が寝静まったのを見計らい、いそいそと焚き火の前で準備を始めた。それは趣味であるお菓子作り。
「へへ、驚くかな」
 仲間の反応を想像し、くすりと笑いが込み上げる。日頃の感謝を込めて。これはサプライズなのだ。しかし、こんな時に限って邪魔は入る訳で。
「オメー、何やってんのよ」
 いきなり後ろから声がして、イグナシスはドッキリした。小麦粉を混ぜていた手も止まる。見遣ると案の定、ジェットの登場に顔が引き攣った。
「……見りゃ分かんだろ」
「真夜中に菓子作ってるとかキモくね?」
 と、覗き込むジェットの顔をこれ程憎たらしいと思ったのは今に始まった事ではないが、今は心の底から思った。イグナシスはムスッとした顔でジェットの顔面にヘラを突き出す。
「明日は何の日だ」
「俺が女の子に愛を語る日」
 平然と当たり前のように答えた言葉に突っ込みは堪え、イグナシスは止まっていた手を再び動かす。
「そう言う事だ」
 しかし、ジェットは納得がいかなかった。
「えっ、だっておまえ、バレンタインやったじゃん。ホワイトデーもやんのかよ」
 そう、イグナシスは先月にもバッチリとチョコ菓子を作り、ハワードとスティーブに振る舞っていた。それなのにまた作っているのはどういう訳か。ジェットの問いにイグナシスはしれっと言った。
「それが? 別に良いじゃん。おまえの為に作ってる訳じゃないし」
「いや……」
 ジェットは唖然とした。
 それではイベントの意味がないのでは。否、最初からそんな意味はない。
(コイツぁ、ただ菓子が作りたいだけ、だっ!)
 腕を磨くだけの為に。無理矢理食う羽目になる。そう思うと、何となく白い目で見てしまう。しかし勿論、イグナシスがそんな理由で作っている訳がないのだが、確信してしまったジェットが覆る事はない。
「イグナシス。押し付けんのは良くねーぞ……」
 肩に手を置かれたイグナシスは、ジェットがまた何か勝手に解釈したなと、言い返した。
「は? その押し付けがましい奴に言われたくない」
「オレがいつ、押し付けがましい事したよ」
「いや。何となく、存在が……」
 そこで会話は途切れ、一瞬沈黙した。やがてジェットが青筋を立てながら迫ってきた。
「テメッ、親友に向かって酷いなコラ。なあ。オレ、傷付いちゃったぜ」
 まとわりつかれ、作業が頗るやりにくく、凄く邪魔である。
「あ〜、わりぃわりぃ」
 仕方なく軽く謝ってみるものの、ジェットはよしとしなかった。
「心の底から謝れ」
(めんどくさ〜……)
 イグナシスは張り倒してやろうかと思ったが、うるさくしてはハワードとスティーブが起きてしまうかも知れないと、折れた。
「すまん。許してくれ」
 それでようやくジェットは満足したらしく、ニヤニヤしながら得意な顔をし、
「ま、楽しみにしてるぜ、菓子」
 そう言ってテントに戻って行った。
 やっと静かになり、続きに取り掛かれる。
「だから、おまえの為じゃねーよ」
 イグナシスは困ったように笑いながら、小さく呟いた。

← OBtext →


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -