誰にあげるの?
彼、イグナシスはお菓子作りが趣味である。その腕前はプロ並みと言っても過言ではないと、ハワードは思っていた。
そんなある日、イグナシスの家に遊びに行くと、まさにお菓子作りの真っ最中であった。喜んで出迎えてくれたものの、どこかソワソワしているような、落ち着かない気がした。
「良い匂いだね」
台所から廊下の方まで甘い匂いが漂ってくる。
「ああ、今フィナンシェ作ってて。もうすぐ焼き上がるぜ」
折角だから一緒に食べようと、台所に案内される。ハワードは嬉しく思いながらも、テーブルの材料を見て、イグナシスが何の為に作っていたか理解した。
(もろに、バレンタイン用じゃないか…)
チョコレートの小山。どうにも女の子から男の子へ愛の告白をするイメージが強いが、別に逆でも良い訳である。イグナシスの事である、多分お世話になった人達へ贈るのだろうと。しかし、万一と言う事もある
。イグナシスの色恋沙汰など聞かないが、想いを秘めた子への物だったら……。
「これ、誰かにあげる ものじゃないの……?」
「いや、まあ。良いんだ。ほら、座れよ。今お茶淹れるから」
促され、不本意ながらもハワードは椅子に座る。棚からカップと引き出しから紅茶のティーバッグを取り出し、用意する。
どこかもやもやとしながら、ハワードは差し出された紅茶を一口啜った。
長年の付き合いだが、イグナシスの好きなタイプを良く知らない。何となく、可愛いおしとやかな子かなと思った。それならきっとお似合いだろうし、自分も諦めがつく。
(……ん?)
ハワードは今、自分が何を思ったか、冷静に考えて青ざめた。
諦める?
それではまるで、自分が……。
そこで思考はオーブンの音に遮られた。お菓子が出来たのだ。イグナシスが中身を取り出すと、綺麗に焼き上がったフィナンシェが。
「良し。上手くいったな」
イグナシスはニコニコしながら皿に取り、ハワードに差し出す。
「批評してくれよ」
俯き加減でイグナシスを見た。やはりとてもじゃないが、食べる事が出来そうもない。
「……折角作ったのに、ぼくなんかが食べたら駄目だよ」
すると、イグナシスはきょとんとした後、クスクス笑い出した。
「っはは、おまえがそんな事気にしなくて良いんだよ」
「でも、誰かにあげる物だったんでしょ?」
「ん、ああ。最初から言えば良かったな」
イグナシスは頭を掻いた。紅潮させた頬が、ハワードをもドキドキさせる。
「ハワードにあげる為にだよ」
期待していた以上の答えに、ハワードは顔を真っ赤にしたまま、しばらく動く事が出来なかった。