dependence
その腐れ縁の友人は、いつもニコニコと悪気なさそうに邪魔をしに来る。
「こんにちは。テオドル」
道場に響く声。扉の先にある人影はローブを纏った白魔導師だった。棒術の稽古をしていたテオドルは動きを止めた。
「デュドネ……」
溜め息混じりに名前を呼ばれたデュドネは、その綺麗な顔を綻ばせる。テオドルは仕方なく手に持っていた八角棒を壁の置場に立てかけた。
「久し振りに来たと言うのに、つれないですね」
ずかずかと道場内に上がり込み、隣にやって来る。相変わらず顔だけは本当に女みたいに美しい。
「一人寂しく稽古なんかして」
「何の用だ」
テオドルがぶっきら棒に尋ねると、デュドネは心外だと怒った。
「私は、あなたを心配して来てあげたのですよ?」
「心配って」
「ジリヤさんに捨てられて、途方に暮れているあなたのために」
テオドルは思わず顔をしかめた。どこで知ったか、まったくその通りであった。
先日、妻のジリヤと喧嘩別れした。ジリヤは息子のイグナシスを置いて出て行ってしまった為、それまで子育ては押し付けっぱなしだったテオドルはどうしたものかと参っていた。今だって、昼寝の時間だとようやく寝かしつけて稽古をしに来ていたのだ。
「イグナシスくん。三歳でしたっけ」
「ああ。未だに夜泣きが……酷くて」
「それは、いきなりお母さんがいなくなって、不安で恋しいからでしょうねえ」
チクチクと咎める言い方であったが、反論出来ずに口を噤む。悔しいが、デュドネに頼らざるを得ない。
「どうしたら、いい?」
「甘えられる対象があなたしかいないんですからね、ぶきっちょ面してないで、思い切り甘えさせてあげなさい」
トンとテオドルの胸を指すと、デュドネは妖艶に顔を近付ける。
「まったく、どうしてこう、あなたは私を放っておいてくれないのですかね」
ゆっくりと頬を撫でられ、テオドルはその手を掴む。
「それはこっちの台詞だ」
本当に来て欲しい時には来ないくせに、何かあった時に限って、事も無げな顔で来てくれる。見透かされているような気がして、決まりが悪い。
「ホント、可愛い人。好きですよ」
そう言ってデュドネは手をするりと放す。
「おまえなあ、そういう台詞はユリさんに言ってやれよ」
この際ハッキリと言おうと思った。いつもいつも、告白めいた愛の囁きを聞かされて恥ずかしい思いをしていた。今で慣れてしまったが、こちらの身にもなって欲しい。
「嫌ですね、私がユリを蔑ろにしている訳ないじゃないですか」
そうなのだ。デュドネの愛妻っぷりを知らない訳ではない。
「愛しているのは、ユリだけです」
笑うデュドネ。
だからこそ、自分に向けられる言葉が友愛の延長だと分かるのだが。
長い付き合いであるが、いつからデュドネはこんな風に言うようになったのか。この性格故、多分最初から何かしら言っていたような気がする。
「それに、来月は第二子の出産予定です」
「え、本当か?」
思わぬおめでた報告にテオドルは驚いた。お祝いをしなくてはと考えていると、何故か抱きしめられた。
「スティーブの時は難産だったので、心配ですが……」
テオドルはそっと抱き返す。
「そうだな。でもまあ、大丈夫だろ。母親になった女は、思ってる以上に強い」
「まったく男は弱いものですねえ」
安堵を求めて、自分の不安をこうしてテオドルの不安と一緒くたにして掻き消していく。
テオドルはデュドネを静かに見下ろす。何だかんだ言っても、一緒に居ると嬉しいのは確かで。触れ合う体がどこか自分の延長のように感じる。
「そろそろ、イグナシスの様子を見に行くか」
離れる二人は、並んで道場を出た。
「頑張って下さいね、お父さん」
「おまえもな」
「では、私はこれで」
「そうか。じゃあな」
そう言い、デュドネはテオドルと別れ、町の大通りへ続く小道を歩いて行った。
「……しっかし、どれが目的で来たんだか」
テオドルは小さくなっていくデュドネの後ろ姿を見て、呆れたように笑みを浮かべていた。
デュドネは歩きながら静かに思った。
(確かに、ユリだけです。でも……)
私は、
あなたがいないと──。
これは、恋ではない。互いに精神的に求めている。そんな関係で居続けたいと、つい繋ぎ止めるような事ばかり言ってしまう。
(私とあなたは、一心同体)
願った。そうでありたい、と。