落ちぶれシーフの決意

 聞いたら人は馬鹿にして信じないかも知れない。だが人魚の伝説は本当で、実際この目で見た。溺れかけた所を助けられたジェットにとっては揺るぎ無い真実だった。
 オンラクは漁業がプラボカ、メルモンドに次いで盛んな町であった。ただ、地理的に田舎であまり有名ではない。そんな町でジェットは倦ねていた。海賊の端くれだった彼にとって平和過ぎる日常はつまらないものだった。
 海際に来ると物憂に彼女の事を思い出す。命の恩人であり、恋人だった人魚の彼女を。こんなに晴れ渡った空と映える海なのに心模様はどんよりと曇ったまま。
「色恋ジェットがまた海見てらあ」
 近所の子供達が冷やかしにジェットに群がる。いつもの事だが、今日に限って虫の居所が悪かった為ブチ切れた。
「だあー! うっさいクソガキ共!」
「わあ〜、怒ったあ〜」
 その声でいっせいに散る。子供達にとって構ってもらう事が目的だった為に、ジェットの怒りも無駄だった。息を荒げていたが、落ち着きを取り戻すと冷静になって思い出した。
 彼女はの周りにはいつも子供達がいた。自然とそんな中で過ごしていたのに、今は邪魔にしか思えないなんて情けなかった。
 子供達が悪い訳じゃない。いつまでも断ち切れていない自分が悪い。佇んだまま溜息をついた。
「おにいちゃん」
「ん、あ?」
 自分の名前を呼んでズボンを引っ張る少女の存在にジェットはやっと気付いた。
 この少女は今でこそ元気に友達と遊んでいるが、元々は体が弱くて周りの子供達と打ち解けずに仲間外れにされていた。そんな少女を救ったのが彼女だった。彼女が少女とも分け隔てなく付き合ってくれたお蔭で、いつしか誰も少女を仲間外れなどにしなくなった。
「泣かないで」
「泣いてなんかいないぜ?」
「だって悲しそうな顔してるもん」
 そう言われ、自分は今どんな顔をしているのか不安になった。笑えているはずなのに。
 少女と別れた後、ねぐらとしている教会へ戻った。田舎を象徴させる古めかしさにまた溜息をついた。
「お帰り、ジェット」
 おっとりと出迎える神父は、相変わらず何を考えているか分からない。
 神父は優しい人で、ならず者にしか見えないジェットを差別せずに置いてくれている。海賊だった故に、故郷であるはずの町に自分の居場所がないジェットはには有り難かった。見返りとして神父の手伝いはしていたが、刺激のない毎日に嫌気が差していた。
「夕飯までに部屋の掃除をしておいて下さいね」
 と、ジェットが使わせてもらっている部屋の掃除を言い付けた。言われた通り掃除に取り掛かるが、身が入らない。雑巾をほっぽり、ベッドにダイブした。天井を見上げる。
 海を見ている間もずっと考えていた。そろそろ、潮時かも知れないと。
 神父にすら隠れてずっと剣の稽古は欠かさなかった。それは海賊に復讐する為の、誰かの為に奮うものだと信じて。
「そうだな……此処に居ちゃ、いつまでもこんなんだ」
 いくら故郷であっても、いつまでもこの町に止まる理由はもうない。ジェットは吹っ切れた。そして、もう一度立ち上がってみようと思った。大都市コーネリアになら、何か自分のやりたい事が見付かるかも知れない。いつの間にかジェットの表情は希望へと満ち溢れていた。

-fin-


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