擦れ違いもまた実る
久々に二人きりになれたというのに、コーネリア専属騎士団のリーダーであるガーランドに用事が絶える事はなかった。部下の呼び探す声にガーランドは溜息をついた。困ったように恋人であるスティーブを見下ろす。
「行けば良かろう」
「すまない……直ぐに戻る」
申し訳なさそうにガーランドは部屋を出て行った。だが直ぐに戻れるとは限らない。それが彼の任務であるから仕方のない事だとは十分承知はしている。それでもモヤモヤは晴れない。
「ガーランドの阿呆」
とスティーブは毒づいた。
何度と来ていた部屋だが、殺風景過ぎる。忙しいガーランドには休むだけの用途しかない。
大体、何故ガーランドと付き合う様になった事すら不思議なくらいだった。騎士と魔法研究員と部所の違う二人に接点などなかった。
だが同僚で先輩であるマトーヤをきっかけに急展開した。
ある日マトーヤに飲みに行くかないかと誘われた。しかしスティーブは下戸だったので断ろうとしたのだが半ば無理矢理酒場に連れて行かれた。そして案の定、酒を飲まされぐでんぐでんになっていた所、丁度飲みに来ていたガーランドにぶつかり倒れてしまった。
──大丈夫かい、スティ……。
──大丈夫か?
マトーヤが引き起こそうとするよりも早く、ガーランドがスティーブを起こした。
介抱しているガーランドにスティーブはぼんやり何処かで見た顔だと思っていた。
──ガーランドじゃないか。
──マトーヤ。
マトーヤの声にガーランドも気付いた。二人は昔からの友人であった。最近はあまり会っていなかったらしく再会を喜んでいた。
──彼は?
──ああ、私の部下だよ。ほれスティーブ、起きな。
マトーヤに両頬を叩かれたスティーブはボンヤリと二人を見ていた。
それがスティーブとガーランドの出会いだった。
それから三人で飲むようになり、いつの間にか惹かれていたガーランドが告白をしてきた。別に嫌いではないし、特別な感情も抱いていない。だが、一緒にいると楽しいのは確かで、これをきっかけに付き合ってみる事にしたスティーブ。合わなかったら直ぐに別れればいいと軽く考えていた。 だが、一緒にいればいるほど苦しいと感じ始めていた。それが今の現状。
ほうら、来やせん。
夕暮れになり部屋が赤く照らされる。薄暗くなる中で、どうせ来ないガーランドを今まで待ち続けて馬鹿みたいだと、スティーブはもう帰ろうと部屋を出た。
(もう、潮時かも知れんの)
ガーランドには悪いが、未だに自分の気持ちが分からずにいた。これからもガーランドと一緒にいられるか不安だった。あやふやなままでいるよりだったら別れてしまった方が良いのではないかと。
廊下のずっと先から足音が聞こえた。もしかしてと期待と諦めが交錯する。やがて、それがガーランドだと確認出来た。だが、もう溢れる喜びは感じなかった。
「スティーブ」
名前を呼ばれても返さずじっと俯いていた。
「待っていてくれたのだろう……? すまない」
すまない。聞き飽きた言葉が無意味に耳を通り抜ける。別に謝って欲しい訳ではない。スティーブは完全に拗ねていた。
「さあ」
ガーランドに促され、ぐずぐずとまた部屋に戻った。すっかり薄暗くなった室内。燭台の蝋燭に明かりを付けよと思ったが、ドアが閉まった途端、ガーランドは後ろからスティーブを抱きしめた。まるで盛っているかのように荒々しい。スティーブは思わず硬直した。これはまさかかとは思うが、嫌な予感がしてならない。
「ガーランド?」
求めるように唇がうなじから前に寄せられる。
「ひいっ」
ゾワゾワと神経が高ぶる。
許しを乞おうと、体を求める事で済ませようとしている。今までこんな事はなかった。と言うか初めてでスティーブはパニックを起こしていた。
「ガ、ガーランド、何す」
「スティーブ……!」
怖くて逃げようとするスティーブを押さえるあまり、勢いでローブがほつれた。そのまま、倒れ込む二人。
「逃げないでくれ」
「だっ、だって、だってお主が」
今何を言っても避ける理由が見つからない。同性だからと言って避けては通れない道。
「おまえがまだ私を好きかどうか分からない事ぐらい知っている」
「え……」
スティーブは吃驚した。ガーランドは何もかも知っていたのだ。それでも自分といてくれた事に対してに申し訳なく思った。
「気付いていないとでも思っていたか?」
「では、何故」
「おまえを愛しているから」
スティーブは顔を真っ赤にしてガーランドを見上げる。真摯に発せられた言葉に胸が痛む。
「儂は、お主といると苦しい……」
「どんな風に?」
「胸が……締め付けられる」
「そうか」
ガーランドは嬉しそうに笑った。その意味を、スティーブも理解した。
(阿呆は、儂の方じゃったとは)
どうして素直に考えてみなかったのか今になって思った。
熱帯びた視線が絡み合い、そっと口づける。苦しくて酸素を求めようと喘ぐ。完全に力が抜け、されるがままにローブを脱がされていく。
体をまさぐる動きに一点が熱を持ち始めた。そしてその熱を直に触れられた。
「あっ! ガー……!」
恥じらうように声を上げるスティーブにガーランドは動きを止めた。
「初めてか?」
「じゃなかったら、こんなに緊張せんッ」
「優しくしよう」
そう言って丁寧に愛撫をする。
もう何が何だか、感じる事で精一杯だったスティーブは、熱に浮かされていった。
気が付くとベッドの上で、ぼんやり燭台の明かりに照らされていた。隣にはガーランドがスティーブを抱えるように寝ていた。
「……腹が空いたの」
ぼそりと呟いた。夕餉時に体を重ねていたせいで、食事を摂っていない。
ガーランドを揺すり起こすと、まだ寝ていたいと更にスティーブをキツく抱いた。
「ガーランド。腹が減らぬか」
「私はおまえで腹一杯……」
「な、何を言っておる。ほれ、起きろ」
うつつをぬかすガーランドを叩き起こした。まだ余韻を味わっていたかったガーランドだが仕方なく部下に持って来させようと呼び鈴を鳴らそうとした。
「あ、儂が作る」
急に言い出したスティーブにガーランドは笑った。
「何がおかしいのじゃ」
「何って、立てるのか?」
「当たりま、え」
馬鹿にするなと勢いよく立ち上がろうとしたスティーブだったが、下半身の痛みがそうさせてくれなかった。
「な、んで……!」
何だか悔しくて意地でも立とうかと思ったがガーランドに止められた。
「だから言っただろう。無理をするな。おまえの卵焼きはまた今度作ってくれ」
「……何故分かったのじゃ」
何を作りたかったかズバリ当てられたスティーブは少し驚いた。
「何でって、おまえ、卵ばっかりじゃないか」
そう言われて、スティーブは図星だとはにかむのであった。
-fin-