夢追い
「大丈夫か?」
そう言ってあなたは、あたしに優しく微笑みかけたのだ。
……リザイブ。
光の戦士。
それは最後の希望。
ある日、小さな町に一人の旅人が現れた。赤いマントに身を包み、銀髪を後で結わえ、前髪は左目が隠れる程ある。腰には大きな剣が携えてあった。それは赤魔導師と呼ばれる者。赤のマントが何よりの証である。名をリザイブと言った。そして一際目につくのは、首にぶら下げていた淡いブルーのクリスタルの破片だった。
「此処に、仲間(光の戦士)がいるのか……」
リザイブはそっとクリスタルに語りかけた。クリスタルはまるで意思でも持つかのように、キラリと光を放った。
辺りを見回し、一先ず一休みしようと賑やかな広場を通り抜け、近場の宿屋を探す。
「いらっしゃい」
入った宿屋の主人がカウンターから声をかけてきたのはいいが、まじまじとこちらを見るので何事かと思った。
「へぇ、今日は珍しい。また赤魔使い様がおいでだ」
「俺以外にも赤魔導師が泊まっているのか?」
こんな田舎の町に同じジョブの人間がいる事もあまりない。リザイブは意外だなと思いながら、部屋代を払った。
「いや、術士のようだったが……女の方です。これがまたエライべっぴんさんでね」
宿屋の主人は金を受け取ると、表情を緩ませながら鍵を渡した。
「そうか……」
リザイブは興味なさそうに軽く受け流した。それよりも、この町の何処かにいる仲間を早く見付けなければならなかった。一体誰が選ばれているのか、同業者とは限らずまったく見当がつかない。
しかしクリスタルの反応は徐々に強さを増している。
(急がねば……)
荷物を部屋へ置いた後、早速町へと出た。
探すといっても、頼りはクリスタルの輝きのみ。相手側のクリスタルからの呼応があればすぐに見付かるのだが。
暫く歩いていると、武器屋が目に入った。そして自分の剣に視線を下ろす。だいぶくたびれていて、そろそろ取り替え時に見えた。
「覗いてくか」
リザイブが店の中に入ろうとした時だった。
「ふざけんじゃねえぞ、尼ぁ!」
男の怒鳴り声が聞こえてきた。何事かと思いきや、客同士が揉めているようだった。
「先に喧嘩売ってきたのは、あんたでしょ」
言い争っていた剣士であろう男の相手は女で、しかも赤魔術士だった。
「この剣に最初に目をつけたのは俺だ!」
「だから何度も言ってるでしょ。あんたには扱えない代物よ。あたしに寄越せってば」
張り合う赤魔術士。
(宿屋の主人が言っていた赤魔術士はあいつか……?)
リザイブは険悪なムードの中、野次馬の群れに混じって赤魔術士を見た。
すると、とうとう相手の男がキレた。
「この野郎っ!」
持っていたその剣を赤魔術士に振りかざした。リザイブは咄嗟に割り込んで男の剣を自分の剣で受け止めた。ガキンと大きな音が店内に響く。
「な、何だお前! 邪魔するな!」
男はリザイブを見て睨んだ。
「女相手にムキになるな。見苦しい」
「何だと!?」
「それに……この剣は私のような赤魔導師や魔法を使う魔剣士用に魔力を込めて造られた物だ。魔法を使えぬ者が持っていても、本来の力を発揮しない」
リザイブが剣の意味を教えてやると、男は赤恥の怒りを堪えながら店から出て行った。
「大丈夫か?」
リザイブは赤魔術士を見た。しかし先方はリザイブを軽く睨んでいた。
「余計なお節介しないで」
少し、震えていた。強がっているようだが、やはり女。怖かったのだろう。
「気を悪くしたか。すまない」
リザイブは素直に謝りながら、クリスタル見た。反応は示さない。
(まあ、な……彼女ではなさそうだ)
初めから違うだろうなとは思っていたので、落胆はしなかった。
すると赤魔術士はじろじろとリザイブを見ながら、
「……まあ一応礼は言っとく」
と頭を下げた。
「あたしはミファルド。見ての通り赤魔術士。あんたは赤魔導師みたいね。名前は?」
別に光の戦士でもないミファルドとこれ以上深入りする気はなく、時間の無駄だとリザイブは何も言わずに去ろうとした。
「あ、待ってよ」
ミファルドはリザイブを帰してはくれなかった。腕を両手でガッチリ掴まれ、面倒臭い女だと心中モヤモヤした。
「……リザイブだ。おまえと同じ宿屋に部屋を取ってる」
「え?」
「宿屋の主人がな。下心丸出しで、べっぴんな赤魔術士が来たってな」
リザイブが教えてやると、ミファルドは恥ずかしがるどころか怒りをあらわにした。
「何処見てんだあのオヤジ!」
「じゃあな」
「あ、だから待ってって。剣、買いに来たんじゃないの?」
踵を返すリザイブは呼び止めに応じず去った。ミファルドは頬を掻いた。
「……変な奴。金無かったのかな?」
「ふぇっくしょん!」
リザイブは大きなくしゃみをしていた。
ミファルドは当て処のない旅を続けていた赤魔術士だった。
平凡な毎日に退屈していたある日、適当に魔導師の訓練を受けて何とか赤魔術士になった。魔導師系になれれば何でも良かったのだ。それがたまたま赤だっただけである。
どちらかと言うと男勝りで中性的なのだが、生まれ持った女としての美しさが際立っていた。
たまにモンスター退治の依頼を受けその報酬で食いつないでいたが、今はこの町に辿り着きプラプラとしていた。
「はあ」
夕方、部屋に戻ってきたミファルドは溜息をついた。武器屋の喧嘩も派手にやったが、先程も宿屋の主人と一悶着やらかしてきてしまった。幸い追い出されはしなかったが、かなり気まずい。
「疲れた……」
今までの旅の疲れがどっと出た気がした。
旅自体は楽しいのだが、何の変化も無い旅である。それが長く続くと、自分を見失いそうになった。旅に然るべき目的がないからである。かと言って、何かしたい訳でもなければ、赤魔の道を極めたいと思っている訳でもない。
「……リザイブだっけ。あいつはどうなんだろう」
同じこの宿屋に泊まっているというリザイブ。自分より階級の上の赤魔導師だったが、自分とは違っているように見えた。
また会えたら、色々聞いてみよう。多分嫌な顔をすると思うけれど、興味を持ってしまったからには聞かない訳にはいかない。
そう思ってミファルドは晩飯前の仮眠についた。
リザイブは深刻な顔をして椅子に腰掛けていた。
クリスタルの反応が何も得られぬまま、それらしき人物も見当たらなかった。
「相手もクリスタルを持っている筈。なのに、何故呼応も反応もない……!?」
焦りが生じる。だが、まだ探し始めたばかり。この町にいる事は確かなのだ。
リザイブは天井を仰いだ。
本当に自分が光の戦士かどうかさえ疑いたくなる。しかしその度にクリスタルは輝きを放つ。
「明日、もっとくまなく探さなければ」
強く思うのだった。
次の日。
朝から騒音がした。ミファルドはそれで目が覚めた。
「んうぅ〜……何?」
眠い目を擦り窓を開け外を見ると、絶句した。モンスターが町中に迷い込み、人々を襲っていた。
「大変だぁ!」
ミファルドは剣を持って急いで外に飛び出した。
剣を構えるミファルドを見たモンスターは奇声を発した。威嚇しているようだ。大きな牙と鋭い爪が戦慄を覚えさせる。
「あたしが相手だ。来い!」
ミファルドが言うと同時にモンスターは言葉を理解したかの如く襲い掛かってきた。今まで戦ってきた自負がある。そう簡単にはやられたりはしない。ミファルドは軽く侮っていた。鋭い爪先が華奢な体を狙う。それを剣で受け止めながら素早くカウンターを喰らわせる。だが、モンスターの皮膚は分厚く、ミファルドの力では切り裂く事が出来ない。
「っ、なら燃やすだけ!」
攻撃を擦り抜けながらミファルドは印を構えファイアを唱えた。炎はモンスターの体に纏い焼き尽くす。
だが、モンスターは咆哮しながら勢いを増してミファルド目掛けて突っ込んで来た。
「!?」
ミファルドは呆気に取られ、防御するのがコンマ数秒遅れた。そのまま突き飛ばされ地面に叩きつけられた。全身を強打し、なかなか立ち上がれない。
「うっ……」
トドメを刺しに、モンスターはミファルドを噛み殺そうとその巨大な牙を向けた。
殺られる……!
恐怖が全身を強張らせ瞳孔が開く。
自分の生きる目標を見出だせないでいて、何をしていいか分からなかった中途半端な己に対しての、天罰。
死を、覚悟した。
「ガキイィンッ!」
剣が牙を受け止める音と同時に火花を散らし、剣と牙は互いにへし折れ弾き飛んだ。
モンスターは堪らず後退りした。
「!?」
ミファルドの目の前に折れた剣の先が勢い良く突き刺さった。
「良く覚えておけ。この手のモンスターに炎は効かない」
それは、同じ赤マントの男。
「あんた……、リザイブ……」
リザイブは折れた剣を投げ捨て、印を構えた。
「燃やして駄目なら、凍てついてもらうだけだ」
ブリザガを唱えたリザイブの体から物凄い魔力の気が立ち上った。
放たれた冷気はあっという間にモンスターを死に至らしめた。
その衝撃は、ミファルドをも貫いていた。
(凄い……)
自分とは比べものにならない圧倒的な強さ。これが赤魔導師。
「大丈夫か?」
座り込んでいたミファルドに、優しく微笑みながら、また出会った事にこれも何かの縁だろうと、リザイブは手を差し延べた。マントの隙間からクリスタルがちらつく。
「……あたし、ずっと赤魔術士のままでいいと思ってた」
「?」
差し延べられた手を握りミファルドは立ち上がる。
土埃とかすり傷で体はボロボロだった。しかし、目には異様な輝きが宿り始めた。
「でも、リザイブを見て思った。あたし、あんたみたく強くなりたい……赤魔導師になりたい!」
すると突然、ミファルドの叫びに応えたかのように、リザイブのクリスタルが輝きを放った。眩しくて視界が奪われる。
「な、何!?」
「お、おまえ……!」
リザイブのクリスタルは大きな音を立てた。
そして光りは穏やかになり、ミファルドの掌の中に違う色の光りを放つクリスタルが出現していた。淡いレッドだった。
「……何これ?」
茫然とするミファルドにお構いなしに、リザイブは歓喜した。
「おまえだったのか、ミファルド!」
「え?」
「クリスタルがおまえの声に応えた。おまえは選ばれた光の戦士だ!」
「選ばれた、光の戦士……?」
肩をガッチリ掴まれ困惑する。だが、リザイブの瞳はミファルドを捕らえて離さない。虹彩がクリスタルの光で輝かしく見えた。
「そのクリスタルが何よりの証」
「これが?」
手の中のクリスタルを見た。溢れんばかりの輝きが美しい。何処か懐かしささえ覚える。
「これで仲間は後二人。早く探し出さなければ」
四人揃った時、初めて光の戦士は一つになる。
「世界を救う為に共に行こう、ミファルド」
「リザイブ……」
ミファルドは、力強く頷いた。
目標が出来た。
赤魔導師になって、リザイブを越えたい。
誰にも負けない強い赤魔導師に。
そしてクリスタルに選ばれたと言うなら世界を救おう。
だから、自信を持って生きて行ける。
リザイブへの尊敬が、いつの日か恋情に変わるのはまだ先の話。
ミファルドは、夢を追って駆け出し始めた。
-fin-