出木松博士南極横断のニュースに、世間は大騒ぎになった。
謎の秘境南極の上空を出木松が作った気球で飛んだ。
更に南極点に巨大な大穴を見つける驚くべき大発見もしたのだ。世界中が驚き騒ぎ立てていた。
野美コンツェルン総本社。
「出木松博士、どうぞ」
ロビーで待っていた出木松を秘書の源しず代が呼びに来た。
社長室に入ると、野美秀がにこやかに歓迎した。
「やあ、出木松博士。待たせてすまない」
「いえ」
ソファーに促された出木松は腰を下ろした。
「飛行船の建造は順調ですか?」
「はい。お蔭様で」
南極大陸横断に成功し、次は南極点に足を踏み入れたい出木松は野美コンツェルンに支援を求めた。第二次探険の計画を聞いた野美秀は快く引き受け全面バックアップすると約束してくれた。
そんな中で、度々野美秀と会うようになった出木松は、心が惹かれていた。野美秀に、恋をしてしまったのだ。こんな事は初めてで自分でも驚いていた。
だが何より、性別の問題で男同士である。初めこれは病気ではないかと思ったが、野美秀を想うたびそんな生半可な気持ちではないと分かった。
「一度建造している所を見てみたいですな」
野美秀はしず代がいれた紅茶を啜りながら言った。
「それは是非お越し下さい」
出木松は微笑んだ。
お互い忙しい身であったが、こうして会える時が凄く嬉しかった。
だが、会えるだけでは、溢れる気持ちが抑え切れない。
野美秀をこの腕で抱き留めたい。
好きだと、何度も叫びたい。
「出木松博士?」
ふと気が付けば、野美秀が心配そうにこちらを見ていた。つい物思いに耽ってしまっていた自分に恥ずかしくなった。
「具合でも悪いですか?」
「い、いえ」
慌てて否定して、紅茶で喉を潤した。
「そういえばどこと無く顔色が良くない。だいぶお疲れのようですね。帰って休まれた方がいい」
言われてみれば最近あまり寝ていなかったので寝不足だった。
野美秀は出木松の体の事を思って言ったのだろうが、折角会えたのに、すぐには帰りたくなかった出木松。
「お気遣いなさらないで下さい。私なら大丈夫です」
出木松は眉を寄せながらも、にこやかに答えた。
だが野美秀は納得していないようで、
「なら、此処で休んで行くといい」
と休養させた。
出木松も断る理由がないのでソファーに横になった。
ああ、ずっとこのままでいたい。
野美社長……。
うとうとと眠りに誘われた出木松の寝息が聞こえた野美秀は、毛布代わりに膝かけをそっとかけた。
「ふふ。南極探険が楽しみだ」
野美秀は窓から外を眺めて笑ったのだった。
飛行船の完成も間近に迫ったある日。
出木松は野美コンツェルンに居た。
「では、人材の確認は以上で」
今日は南極探険についての話し合いをいくつかしていた。
「ふー。こう込み入った話ばかりをしていると息が詰まりそうだ。なあ出木松博士」
野美秀は腕を伸ばした。
曖昧に頷く出木松。自分はこんな時でも野美秀と居られて嬉しいので少しも疲れてはいなかった。むしろもっと話をしていたかった。
「そうだ。庭にでも散歩しに行きませんか?」
突如思い立った野美秀は立ち上がった。思ってもみない事で出木松は喜んで頷いた。
立派な中庭をゆっくりと並んで歩く。
手でも繋げれたならば、もっと嬉しいが。そう少し後ろから野美秀の手を見た。
「あそこの池に鯉がいるんですよ」
そう言って野美秀は懐から鯉の餌を取り出した。楽しそうに餌をまく野美秀。
ああ、あなたに触れたい。
出木松は理性を失いかけていた。
「博士もどう……!?」
振り向き様に野美秀を抱き締めた出木松。野美秀は驚いて鯉の餌を落とした。
「出木松、博士?」
「野美社長……いや、野美秀さん!」
抱き締める腕に力が入る。少し苦しそうに野美秀は眉を寄せた。
「好きです。あなたを愛しているんです……!!」
突然の告白に、野美秀は言葉を失った。
野美秀を抱き締めたまま、出木松は後悔していた。
これで軽蔑されてしまったかも知れない。嫌われても仕方ない。
何て浅ましい……!
出木松は、ゆっくり野美秀を放した。
「……すみません。今のは、忘れて下さい」
俯いたまま謝った。
「出木松博士……私には分からないのです」
「え?」
俯いた顔を上げると、野美秀は顔を真っ赤にしていた。
「私も出木松博士が好きです。でも、どうしたらいいか分からなくてずっと、ずっと……」
ああ何だ、そうだったのか。
その後の言葉を遮るように、出木松はまた野美秀を抱き締めた。
「野美秀さんっ」
もっと早くにこうすれば良かった。
そう、いつまでも抱き締めていた。