おまえが幾多忘れるのなら、何度でも刻んでやろう。この名を、想いを、体を──。
募る想いに耐え切れずにいる。会いに行くのは容易だ。ちょっとそこまで出掛けてくると、どこでもドアでフランスからブラジルへひと跨ぎ。しかし、いざ訪ねるも、姿が見当たらない。そんな時に限っていつも居ないのだ。ドラパンは溜め息をついた。彼もまた出掛けていると分かったのは最近。それは親友の中でも、特に頻繁に会っている人物の元へ。仕方がないのは分かっているが、モヤモヤと疎外感と嫉妬が渦巻く。
「ドラリーニョ……」
盗めないのだ。フランス、いや世界一と豪語する大泥棒の手にかかっても、それは簡単に擦り抜けていく。掬っても零れていく水のように。
ドラパンはどこでもドアの行き先をアラビアへ変えた。
ギラギラと熱い太陽の日が差し込む窓から、いきなり勇んで登場したドラパンに、タロットカードを片付けていたドラメッドは唖然と見上げていた。
「失礼する」
「これはまた、珍しい来客であーるな」
やがてドラメッドはしたり顔になり、ドラパンを迎え入れた。
ここに居るのだ。
ドラパンはソワソワしながら辺りを見回す。
「で、何の用であるか」
尋ねるも、目的がなんなのか既に見当はついているので、つい意地悪をしたくなる。あの子を探しているのだ。元気一杯、天真爛漫なエースストライカーを。言わなくても顔に書いてある。
「居るんだろう。ドラリーニョ」
そんな風に思われているとは露とも知らずにドラパンが言うと、ドラメッドはくつくつと笑い出した。どうしようか。すぐに教えても面白くないと。一方のドラパンは早く会いたいのに、じれったいではないかと突っ掛かろうとした。
「ドラメッド!」
「残念だが、ついさっき帰ったであるよ」
「な、何!?」
ドラパンはショックを受けた。ドラメッドは笑いながら、これは本当だと。
まさかの入れ違い。わざわざ訪ねて来たのに無駄足とは。この腕に掻き抱きたいのに、気まぐれに揺らめき叶わない。
最早ここにいる意味がなくなってしまった。
「そうか……邪魔をしたな……」
どんよりとした気分で、ドラメッドに別れを告げた。
──ま、頑張るであるよ。
人事だと思って、嫌みな笑顔を向けられた。その態度は、おまえにドラリーニョを落とせる訳がない、と。
「くぅ〜ッ!」
思い出しても腹立たしい。ならば是が非でも。ドラパンの対抗心に火がついた。
ドラリーニョがいるであろうサッカーグラウンドは、既に人影がなかった。もう練習が終わって帰ってしまったのか。ドラパンが出入口でどうしようかと考えていると、
「あれ〜?」
丁度帰るところだったドラリーニョが現れた。グッドタイミング、やっと会えたと、ドラパンの心は歓喜する。
「ドラリーニョ」
側へ駆け付けると、じっとコチラを見上げ、一言。
「えと……誰だっけ?」
予感はしていたが、やはり。だが、ドラパンはめげずに名を名乗る。
「私だよ。怪盗ドラパンだ」
するとドラリーニョは思い出したのか、パアッと顔を明るくさせた。
「ドラパン! どうしてブラジルにいるの?」
「盗みに来たのさ」
「そっかー、怪盗だもんね。でも、泥棒はいけないんだよ」
納得するも、正論を言われる。初めて顔を合わせた時も、そうだった。懐かしく思いながら、ドラパンは言い聞かせるように言った。
「大丈夫。許可を取るから」
「許可? 何を盗むの?」
良く分からないと、大きな瞳が疑問視している。
ドラパンは跪いた。
「……君だ。ドラリーニョ。君を盗みたい」
「ぼく……?」
ドラリーニョは、キョトンとドラパンを見つめた。その意味を理解出来ていようがいまいが、ドラパンは言葉を続ける。
「私に盗まれてくれないか」
ドラパンに何かお願いされているのは分かる。困った時はお互い様なのだと、ドラメッドに言われたのをドラリーニョは思い出した。
「ん〜……良いよ」
頷いてくれたのを見て、ドラパンは嬉し過ぎて狂喜乱舞した。これでやっと二人きりになれる。そして、ドラリーニョを優しく抱き上げると、そのまま空へ飛んだ。
「うわあ!」
一気に空中に移動し、はしゃぐドラリーニョ。いつものタケコプターとはまた違った感覚で新鮮に思えるのだろう。微笑ましく思いながら、ドラパンはしっかりとドラリーニョを感じた。
好きだ。
そう耳元で囁けば、意味を持たずに無邪気に笑う。忘れやすい記憶の混濁に呑まれても、言葉にし続ける。
ドラリーニョ、
君を愛している。