──僕はジャイアンの事、友達だと思ってるのに! 僕はジャイアンと仲良くしたいのに!
僕の本音がドラえもんの道具、本音ロボットを通して、漏れた。自分でもびっくりして恥ずかしくなった。でも。
──俺だってお前の事を友達だと思ってる。
ジャイアンの本音も漏れた。
お互いに意地を張っていただけで、素直になれなかっただけだった。
それがまた恥ずかしくて、嬉しかった。
なのに……。
本音ロボットでお互いの気持ちを知ってから、のび太とジャイアンはぎくしゃくしていた。
学校で会っても、挨拶を交わす程度で顔を合わせるのも何だか照れ臭い。いつものように接しているのが出来なかった。
今日もまた、同じだった。朝学校に行く途中、ばったりジャイアンと出くわしてしまったのび太。
「あ……」
お互い一瞬動きが止まってしまった。沈黙する中、まごつくのも格好悪いので、先にのび太から口火を切った。
「……お早う」
「おう……」
たったそれだけ言葉を交わすと、二人はまた歩き出した。隣の距離を気にしながら、のび太は横目にジャイアンを見た。いつもと変わらないように見えるのに、何処か胸の高鳴りを覚えた。
そこへ静香とスネ夫が合流して、いつもの顔触れとなった。
「グッドモーニンっ。見てこの靴! オニューなんだ!」
といきなりスネ夫は自慢気に見せびらかす。三人は軽く受け流した。
いつの間にかジャイアンの隣をスネ夫が歩いていて、のび太は静香とその後ろを歩いていた。
(……もう少し)
のび太はジャイアンの手を見た。大きな手はしつこく自慢するスネ夫を殴った。スネ夫の悲鳴が自分の胸に響いて痛くなった。
(一緒に歩いていたかったな……)
そうしたら、手を握れたかな。
のび太は行き場を無くした自分の両手をズボンのポケットにしまった。
友達。
本当に友達?
だったら、このもやもやした感情は一体何なんだろう。
戸惑いを覚えていた。
学校が終わり、下校する生徒の中にのび太の姿はなかった。また宿題を忘れて、居残り勉強をさせられていた。
「この問題が全部出来たら職員室に来るように」
先生が黒板に算数の問題を何問か書いて行った。
取り敢えずノートに問題を書き写した後、にらめっこをしているかのように見つめるのび太。
「う〜ん……」
必死に頭を捻って考えるが、のび太の頭では少し時間がかかる。
「あ」
急に声がしたので顔を上げると、教室の入口にジャイアンが立っていた。
「ジャイアン」
一瞬ドキッとしたのび太。もう帰ったのかと思っていたので尚更だった。ジャイアンはそのまま立ち尽くしていた。
「居残り、か?」
「う、うん。ジャイアンは?」
「まあ、ちょっと用があってな……」
するとジャイアンは側に来て広げっぱなしの、のび太のノートを見た。
「あ。まだ全然出来てなくって……」
のび太は苦笑いする。いつもの事だが情けない。ジャイアンですら分かってしまう問題かも知れない、と余計に恥ずかしくなった。
「……この問題、ドリルの問題と一緒じゃねーのか」
「え?」
ジャイアンはのび太のランドセルから算数のドリルを取り出して見比べた。案の定、同じ問題だった。
「答え写しちゃえよ」
「で、でも……」
「そんなんだと、いつまで経っても帰れないぞ」
躊躇するのび太を説得するジャイアン。
(確かに……)
のび太は心が揺らいだ。遅くなると遊びに行けなくなってしまう。
「……そうだね!」
のび太は頷いた。
いつの間にか、二人はいつものように接していた。それ以上かもしれないぐらいに。
答えを書き写し出したのび太だったが、ジャイアンは帰る気配はなく机に腰掛けていた。
「ジャイアン帰らないの?」
「待っててやるよ。一緒に帰ろうぜ」
ジャイアンはのび太が書き終わるまで待っていたのだ。
「うん」
のび太は何だか嬉しくなって頷いた。
数分後。のび太は握り締めていた鉛筆を机の上に置いた。
「出来た! 先生に見せてくるね」
と席を立った。
「早くしろよ」
「うん」
のび太は急いで職員室へ走って行った。
帰り道、外は木枯らしが吹いていた。
「何とかバレずにすんだよ」
そうのび太は胸を撫で下ろす。内心、先生にバレないかドキドキしていたのだが、案外すんなり上手くいった。
隣にいたジャイアンは笑った。
「俺様に感謝しろよ?」
「分かってるよ。有難う、ジャイアン」
ふと、のび太は思い出して尋ねた。
「ねえ。ジャイアンの用事って、何だったの?」
「何でもねぇよ」
「気になるよ」
「うっ、うるせぇな! 何だっていいだろ」
いくら聞いてもしジャイアンはぶっきらぼうな態度をとるばかりで答えなかった。代わりに顔を真っ赤に染めていた。それを見てのび太は思わず立ち止まった。
「ジャイアン?」
「……ワリィ」
また、ぎくしゃくしてしまう。のび太はそんな空気に耐え切れずに、喋り出した。
「ねえ……僕達、友達だよね?」
「……こないだ、ドラえもんの道具で聞いただろ」
「うん。でもさ、何だかぎこちなくて。何でだろうね」
溜息混じりに空笑いするのび太。また、行き場を無くした両手をもてあそぶ。
本音を言うのは良い事ばかりではない。そう思うのは皮肉なのだろうか。
まだ素直になれていない。
「御免。もういいや」
のび太は謝って両手をズボンのポケットにしまって、また歩き出した。
「俺!」
するといきなりジャイアンが叫んだ。何事かと振り返るのび太。
「ホントはおっ、お前と……ぃい、一緒に帰りたかった、からよ……それで……」
だから待っていた。用事が終わって偶然教室に来たように見せ掛けていた。
それを聞いた途端、のび太も顔を真っ赤にした。
黙り込んでしまう二人。
暫くして、のび太はジャイアンの側に行くと、ポケットから手を差し出した。その小さな手を見たジャイアンは、自分の大きな手でしっかりと握り返した。
今朝の続きを。
手を握って歩く帰り道。
少しずつ近づく想いの距離。
この感情が一体何なのか、2人が気付くのはまだまだ先の事。