のび太達と共にレディナを倒し、ククと母親を救ったティオは、王子からマヤナ国を治める王となった。
(王様、と呼ばれるのも何だか自分ではない気がするものだな)
毎日慣れない政治の仕事に追われながらも、棒術の稽古を続ける。母のサポートもあり困る事はなかった。亡き父のような立派な王になろうと必死だった。
だが、そんな気張りが疲れとストレスを溜めていた。
昼食を終えたティオは出掛ける準備をした。一人になりたい時、決まって行く場所があった。気付かれないように外へ出ようとしたが、イシュマルに見つかってしまった。
「王様。どちらへ行かれるのです」
「外だ。すぐ戻る」
ティオはイシュマルの横を通り抜けようとしたが、止められてしまう。その顔は厳しい。
「午後からはミルパ(焼畑)の話し合いが」
「分かっている。それまでに戻れば良いだろう」
そういう問題ではないとイシュマルも引き下がらない。
「またお供も連れずに、お一人で出歩かれては困ります」
王子だった頃はよくお共を連れて出歩いていたが、今は逆だった。
「ではイシュマルが来い」
そう言われ、イシュマルは困った顔をしながら、さっさと外へ行ってしまったティオの後を追った。
森の奥を進み、巨大な木の前でティオは立ち止まった。幹には人が入れるくらいの穴が開いている。そっと穴の前に腰掛けた。静けさの中にそよ風や鳥達の羽ばたきやさえずりの音が聞こえてくる。目を閉じた。
(ノビタ達は、元気にしているだろうか……)
懐かしく思い出すのは日本の友達。ノビタ、ドラえもん、シズカ、タケシ、スネオ。親しく「ティオ」と呼んでくれた。
だが王となった今はもう、自分を「ティオ」と呼んでくれる者はいない。
会いたいと思ってもそれはもう叶わないであろう。ポポルから渡された首飾りがそれを物語っていた。
目を開けると、側でイシュマルが黙って控えている。こんな二人っきりの時まで、王の側近として徹している。
「イシュマル。私は、王として上手く振る舞えているだろうか」
「それは勿論」
「いや……私は、未だに未熟者だ。父上のようにはなれぬ」
「何をおっしゃいます。立派に勤めを果たしているではありませんか。初めから上手くはいかないものです。それは皆分かっております」
吐いた弱音を厳しくも優しく受け止めてくれるイシュマルに、いつから父の顔を重ねるようになった。
もっともっと父に甘えたかった。それは叶わなかった。いつも側にいたのは父ではなくイシュマルだった。
「イシュマル。私をティオと呼んでくれ」
「は?」
イシュマルが驚いた顔をした。何故いきなりそんな事を言い出すのか分からないといった様子でいた。
「いくら何でもそのように」
「私は、お前を父のように思っていた」
遮った言葉の衝撃がイシュマルを困惑させた。ア然とティオを見ている。
「だから……イシュマル……」
「お、お戯れが過ぎます、王様。私は」
何て顔をしているのか。やっと互いに絞り出した声。
気が付けばティオはイシュマルに抱きついていた。その目にはうっすらと涙が光る。
「お前も皆と同じにしか見ていないのか」
震えていた。
母にさえ見せられない弱さを吐露したのは、せめてイシュマルだけには分かって欲しとティオは心の底で叫んでいた。
それが痛いほど分かっていたたまれない。
イシュマルは覚悟を決めた。
「……ティオ」
名前を呼び、抱き返す。
改めてティオがまだ子供の体付きで成熟していない事を思い知らされる。こんな小さな体で重圧を全て受け止めねばならない。
今暫くの間だけ、イシュマルはティオの父親を演じた。これでティオの気が晴れて済むのなら、誰に何と言われようと構わない。
「もっと、イシュマル……」
「ティオ。ティオ」
今だけは王でも何でもない、ただのティオとしていられる。小さな開放感に喜びが溢れ、それだけで心強くなった気がした。
「時々でいい。私の父でいてくれ……」
「私で宜しいのなら」
「有難う……イシュマル」
暫くしてティオはイシュマルから放れた。じっと見据えて小さく微笑んだ。
「さあ、そろそろ戻らないと母上や皆に叱られてしまうな」
「はい」
ティオは力強く地面を踏み締めた。
もう会えない。
それでも、
いつかまた会えると信じているから、親しげに名前を呼んでくれるその日まで。