イヴの戯れ

 欲しいもの、か。
 レオンハルトは自室で思案していた。
 毎年十二月二十五日のクリスマス。パラメキア城、マティウス皇帝に仕える者達すべてを労うべくイベントが行われる。一人一人に何か一つだけプレゼントを所望する事が許されるのだ。あの普段のマティウスの事を思えば、かなり粋な計らいであり、一年に一度の楽しみとあって兵士達は浮かれていた。何を願おうか、プレゼントの事で持ち切りであった。
 勿論レオンハルトも対象であった。そして先程から思い付くのは、
「……休み」
 休暇だった。休んでいない訳ではないが、それでも毎日多忙過ぎて心休まる事があまりない。しかし去年も、確か一昨年も「休暇が欲しい」と、何だか恒例となっていた。皆は思い思い好きなものを望んでいるというのに。少しだけ、自嘲した。


「今年は何か、もう決めたのか?」
 今日一日の軍事報告が終わった後、気怠げに玉座に座っていたマティウスが流し目で質した。答えによってはからかう気でいるらしく、目元が笑っている。
 レオンハルトは一時視線を逸らしたが、やはり他に思いつかない。渇いた口から絞り出した。
「休暇、を……」
 すると、何を言われる訳でもなく。
 またか。
 そうマティウスの顔が言っている。
 呆然としているレオンハルトに興が失せたのか、下がれとマティウスは手を振った。
 ああ、またへまをしたのか。
 何がいけなかったのだろう?
 自室に帰り着くなり、レオンハルトは力尽きたようにベッドに倒れ込む。マットレスに沈み込んだ体が悲鳴を上げている。
「仕方ないじゃないか」
 思いつかないのだ。心行くまで休めば、またマティウスの為に働ける。そう、それでいいじゃないか。
 他に何を願うのだ。
 今宵もまた浅い眠りを貪りながら、明日を迎える。繰り返す日々。


 失望させてしまったと思ったあの日から、特にマティウスの態度はいつもと変わらなかった。そもそも、とやかく言われる筋合いはなかったとレオンハルトは思い安堵していた。
 会議室に行くと、ボーゲン率いるクリスマス祭事班がてんやわしていた。マティウスから一任と言う名の丸投げをされているので、今月だけはレオンハルト以上に忙しかった。
「おお、卿、丁度良かった」
 レオンハルトを見るやいなや、ボーゲンが呼んだ。
「何か?」
「卿のプレゼント希望届けが提出されていないみたいだが」
「え?」
 思わず聞き返すレオンハルト。それはおかしい。そんなはずはないと、確かに提出したのを覚えている。
「いえ、先週に出したはずですが……」
「そうか? こちらの思い違いか。まあなんせクソ忙しいからな!」
 半分キレ気味に言われ、こちらも苦笑いするしかなかった。


 ある夜、夢を見た。
 一家団欒。両親も、妹も弟達もみんな楽しそうに笑っている。母の温かい手料理にケーキまであり、賑やかなパーティーだと思った瞬間体が動かくなった。やがて火の手が上がる。家が、みんなが焼け死んでしまう。しかし、炎に包まれていたのは自分だった。
「!?」
 レオンハルトは飛び起きた。なんと夢見の悪い。そして、泣いていた自分に呆然としていた。

 あんな夢を見たせいか寝不足気味だった。最悪の気分である。それに加えて明日がクリスマスという騒がしさが余計に頭にきた。仕事にはならないと分かりきっていた事だが、溜息が出る。
 それでも自分だけはきっちりと仕事を熟さなければという使命を胸に、一日を過ごした。
「それでは、明日は休暇をとらせていただきます」
 ようやく終わった。
 マティウスの部屋で最後の挨拶を言い終えると、レオンハルトはそのまま下がろうとした。が、マティウスはそれをさせなかった。何やら紙を取り出して見せた。
「残念だが、貴様の休暇は無しみたいだなあ?」
 そう言われ、その紙が自分が提出したはずのプレゼント希望届けだと分かった。
「な!?」
 何故マティウスが持っているのか、訳が分からずにいると、ビリビリと引き裂かれた。紙屑と化し、ヒラヒラと床に散らばったのを唖然と見ているしかなかった。
「……どういう、事ですか」
 レオンハルトは冷静でいたが、言葉の中に微かな怒りを含んでいた。
 座っていたマティウスは立ち上がり、近付く。無言のまま向かい合う距離は手を伸ばせば直ぐの近さ。
 頤をぐっと引き上げられ、瞳が射貫かれる。ゆっくりと諭すようにマティウスの顔が迫った。
「おまえは、何を望む?」
 触れた体が熱を孕んだ。高ぶる鼓動。
 どういう意味か、思考する前に気付いてしまった。
 ああ、人肌恋しいのだ、と。
 素直になれれば、いい子でいないとプレゼントは貰えないのだ。マティウスの袖を握り締める。今だけでいい、温もりを感じていたい。
 ついに、口は開かれた。
「傍に……居て、下さ……い」
 これは我が儘ではないか。そう戸惑いがちにマティウスを見ると、耳元で囁いた。
「今宵だけだ」
 細い指がレオンハルトの顔の輪郭をなぞる。そして、体がさらわれた。
 軽々とベッドまで運ばれ、そんな細身のどこに力があるのかとぼんやりしていると、手で目を覆われた。あ、と思った時にはもう力が抜け、意識が薄らぐ。心地好い睡魔に襲われ、レオンハルトはぼやける視界の中マティウスを見た。
 それが、どこか優しさを含んだ顔であったのを確認する前に、瞼は閉じられた。


 ……。
 ……、……。
「…………!?」
 まどろみの中にいたレオンハルトは目を見開いた。
 起きるとそこは自分の部屋にベッドの上、いつもとなんら変わりない朝のはずなのに、どこか違和感を覚えていた。
 昨日の記憶が抜け落ちている。確か仕事を終えてマティウスに挨拶をした。その後部屋に戻ったのだろうが、何かあったような気がしないでもない。
「あ!」
 マティウスにプレゼント希望届けを引き裂かれ、休暇が台無しになったのを思い出した。
「……ははは」
 乾いた笑いを零し、重い腰を上げて支度をしようとした時だった。
「失礼します」
 ドアがノックされ、侍従が顔を出した。急用かと思い、支度を急いだが。
「今日は休暇となりますので、ごゆっくりなさって下さい」
 笑顔でそう言われ、レオンハルトはぽかんとした。まさかと聞いても、間違いなく休みだと返された。
 確かに伝えました、と侍従が帰る。
「……サプライズって訳でもないが。まったく、騙すのがお上手で」
 レオンハルトは思い切って二度寝する事にした。
 我が主マティウスは相変わらずだと、困ったような笑みを浮かべて。


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