幸せの魔法

 アイツが俺の事なんて、これっぽっちも見ていないのは知っていた。いつも視線はヤツばかりに向けられて。悔しい。それが嫉妬だと気付いた時、余裕がなくなった。

 大盗賊の名の元に、各地を転々としていたポールだったが、パラメキア帝国が世界征服に乗り出してからは比較的アルテアの町に長くいる事が多かった。元々帝国には良い感情は抱いてなかった為、反乱軍に肩入れはしていたが、主立ったものではなく生活に変わりはなかった。
 そんな時、その腕を買われ、フィンのヒルダ王女に召し抱えられた。それからはフィンの密偵として働く事になった。

 ある日、パルムを拠点としている海賊へ接触を試みた。仲間に取り込む事が出来れば手間なく船が手に入り、大きな戦力になる。まず、パブで目星をつけた男達が海賊かどうかを見極め、それとなく話を臭わせると、奥の部屋に連れて行かれた。
「あんたかい。話がしたいってのは」
 しかし、交渉に現れたのは、何と女だった。舐められたものだ。
「俺は、頭に会わせてくれと言ったはずだが……」
 話にならない。ポールは溜め息をついた。やはり無理だったかと項垂れると、女は嘲った。
「あたいが、その頭だよ」
 それが女頭、レイラとの初めての出会いであった。

 女のくせに海賊の頭かよ。そんな細腕で務まるのか?
 そう文句を言いたくなったが、盗みの稼業である自分に、彼女をとやかく言う資格はなかった。散々金儲けをしてきたのだ。しかし今はフィンの密偵として自負していた。
 それから色々な事がありすぎて、休まる暇もなかった。旗色がどんどん悪くなっていった時、突如と救世主は現れたのだ。まだ少年少女の彼らの活躍により、世界は救われた。未だに信じられないでいたが、平和になった世界が現実だと告げている。
「はあ……」
 パルムのパブで昼間から酒を飲むポール。今までの反動からか、何もやる気が起きず、ダラダラと過ごしていた。それに加え、心の中はモヤモヤしている。
 自覚したのは、戦争の最中。
 気が付けばポールは、レイラに惚れてしまっていた。しかし、レイラがいつも見ていたのは、今や英雄の一人であるフリオニール。しかも当の本人は全く気付いていない様子であったのが質が悪い。
「っ、ちくしょ〜」
 大盗賊のくせに、盗めないモノがあるだなんて、名が廃る。
 ここにいるのも、偶然を装ってレイラに会いに来たようなものだ。ポールはチラチラと姿を探す。願いが通じたのか、見覚えのある団体がゾロゾロと店の中へ入って来た。
「ポールじゃないか」
 気付いたレイラが話し掛けてきてくれた。嬉しくなって思わず上擦る。
「よ、よぉ」
 折角だ、とレイラは隣に座り、ポールの周りの席は海賊達で埋め尽くされた。
 お互い相変わらずな日々を過ごしている。そんな他愛ない会話をしながら酒を飲む。浮ついているのか、ついつい飲むペースが早くなってしまう。
 それから小一時間ほど経ち。
「はあ〜。最近は海も静かだし、フリオニール達は町の再建で忙しいみたいだし。暇だねえ」
 程よく酔ったレイラは、フリオニールに会えない寂しさをぐちぐちと言う。その横で、ポールは黙って話を聞いていた。
「見てるのはいぃ〜っつも、マリアだけさ。あーあ」
 そんな思いをするくらいなら、想うのをやめてしまえばいいのに。
 心底から渦巻く感情。
 ポールはレイラを見据えた。
「なあ……」
「なんだい」
 いつもより気がでかくなっていた。酔った勢いで、今なら何でも言える、と。
「俺と結婚しないか?」
 レイラはラム酒を盛大に吹き出した。
「っ、急に何言い出すんだい!」
「俺、結構本気だぜ」
 これが冗談ではないと言うのは、真面目な目を見れば分かった。レイラは自分がそういう目で見られていた事に驚きを隠せない。
「目先の幸せ、俺とどう?」
 ポールは少し照れ臭そうに言った。レイラはそれきり黙ってしまう。赤面した顔は、アルコールだけのせいだけではないようだった。

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