忘れてました

「ん」
 そう、ぶっきら棒に差し出されたのは、綺麗なラッピングをされた小さな箱だった。部屋を出た途端、彼はいたのだ。柄にもなく、プレゼントをする為に。
「……これは?」
 誕生日でもないのに、とミンウは不思議そうな顔をシドに向けた。まさかの反応に、シドも一瞬戸惑う。意外とイベントには疎いのか、それともわざとなのか。ミンウに限って後者はないだろう。
「今日、バレンタインだからよ」
「そうだったか。すっかり忘れていた」
 そして見る見るうちに顔色を変え、チョコを受け取った手が震えていた。
「す、すまない。私は、あなたの為に何も用意していないんだ……」
 よく見ると、仕事疲れか目の下にくまが出来ていたし、少しやつれたように映った。働きすぎだと、内心溜め息をつく。
「気にすんな。俺が勝手に用意しただけだ。それより、これ食って少し休め」
 ミンウはそのまま肩に腕を回され、部屋に引きずり戻された。特に大事な用事はなかったので、大人しく従う。
 二人でベッドに腰掛け、何となく黙ったままでいた。ミンウは箱をじっと見詰めていたが、ゆっくり蓋を開ける。と、中には美味しそうなチョコが綺麗に並んでいた。シドが自分で手作りする訳はないので、出来合いのチョコではあったが、嬉しくてたまらなかった。
「ありがとう、シド」
 振り向き笑顔を見せると、満更でもないシドはミンウを小突いた。
「ホワイトデーは期待してるぜ」
「任せてくれ」
 今日用意出来なかった分も含めて、盛大にお返しをしようと思いながら、ミンウはマスクを下ろしチョコを口にする。甘く、ビターにとろける美味さ。至福にまた笑顔になった。
 と、チョコを堪能していたら、シドが急に唇を奪う。口内を堪能され、盛大にリップ音を立て離れた。
「っ、急に」
「いや、あんまり美味そうに食うから」
 悪戯に笑うシドに、ミンウは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、チョコを一つ摘んで差し出した。別にチョコをねだった訳ではなかったが、あーん、と食いつく。甘ったるいなと思いながら、シドは酒が欲しくなり、ぼんやりミンウを眺めていた。

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