「……迷った」
レオンハルトは途方に暮れていた。
遡る事一時間ほど前。
パラメキア城は俗に言う迷宮で、初めての人が迷わず目的の場所に行くのは困難。慣れるまで約一、二ヶ月はかかるとレオンハルトは聞いた。
高が建造物に何を馬鹿な。
そう、完全にナメていた。
だが。
「ここはどこだ!」
自室に戻ろうとしていたはずなのに、気が付けば見知らぬ廊下。右を見ても左を見ても、どこまでも無駄に長く続いてるだけ。
(ヤヴァイッ)
レオンハルトは冷や汗をダラダラ流しながら、無闇に動いて更に迷わないよう、その場に止まり誰か通らないかと待った。
思えばここに来て一ヶ月は経っていたはずだ。しかし、マティウス皇帝に粗相のないよう努める毎日に余裕などない。
「俺は良くやっているはずだ。それなのに、こんな、くっ」
今まで何とか迷わずに来れたのに、今更である。こんな事ならば、初めてここに来た日、親切な部下がくれようとした地図を、おとなしく貰っておけば良かった、と思っても後の祭り。
しばらく待っていたが、人が来る気配すらない。しかし良く考えると、迷ったなど間抜けで格好悪い。
「こ、沽券に関わる……!」
何としてでも自力で帰らなければと、とりあえず歩き出す。似たような階段を何度か上り下りしたところで、ようやく第一兵士発見。
「ダークナイトさま。こんなところまでどうしたのです?」
珍しいと言わんばかりに声をかけられたが、迷ったなどとは口が裂けても言いたくはない。
(ここはどんなところだ、具体的にいいぃ!)
心の中で突っ込むも、涼しい顔で振る舞うしかなかった。
「ちょっとな──」
何とかさりげなく謁見の間辺りまで誘導出来ないものかと思案する。色々考えが一周したところで決心した。
仕方がない。
レオンハルトは急に顔色を悪くした。精一杯、これでもかと頑張って。兵士もさすがに様子がおかしいと気付き、そわそわしだした。
「ど、どうされましたか?」
「いや、少し気分が悪くてな……」
「ええ、大丈夫ですか」
レオンハルトが決行したのは、仮病だった。いかにも、もうヤバイという態度で兵士を逃さんとした。
「すまないが、部屋まで肩を貸してくれ」
有無を言わさず、肩に掴まる。兵士は少し目を大きくさせたが、頷いた。
「あ。はい」
レオンハルトは兵士を確保、自室までの帰還が確定した。内心小躍っていると、ようやく見覚えのある場所まで戻って来た。はっきり言って今来た道順も複雑で半分覚えていない。これはいよいよ地図を手に入れなければならないと思いつつ、無事部屋に着いた。
「助かった。すまなかったな」
「いえ」
兵士に礼を言い、戸を開けようと取っ手に手をかけようとした。
「しかし、ダークナイトさまでも、迷われる事があるのですね」
レオンハルトは硬直し、まるで油を切らした機械のように、ギギギッと首を振り向けた。
い、ま。今コイツは何と言った?
兵士は困ったような笑いを浮かべるだけ。
(何でだあああああああッ!)
面目丸潰れ。引き攣った顔のまま、気分が悪い最中だった演技などすっかり忘れ、どん底に落とされた。
そして、水晶からレオンハルトの行動を監視していたマティウスが面白がり、その兵士を差し向けたのだと言う事を、レオンハルトは知る由もないのであった。