(幸せである事がこれほど恐ろしいとは……)
ミンウはシドを見てぼんやり思った。ソファーの隣で黙々と飛空艇の設計図を書き上げており、ミンウは邪魔しないよう魔道書を読んでいた。時折チラチラとシドを見ては溜息が出る。
世が戦乱の最中、わたしは死んだのだ。
アルテマの封印を解くと言う使命を全うし、ミンウは肉体から意識を離した。それから光に導かれるまま気が付けば、言わば死後の世界にいた。死者が集まるただひとつの町マハノンがあり、平穏かに見えた。。だが此処も別意識の皇帝の力が蔓延り、決して天国ではなかった。時を同じく、戦い散って逝ったスコット、ヨーゼフ、リチャード、シドら同胞達との再会をきっかけに、再び皇帝に立ち向かった。そして生前からの悲願、皇帝を討ち取ったのであった。
皇帝によって作られたものだが、自分達で本当の天国にして行こうと、それからは静かにこの町で静かに暮らしている。小さな一軒家に五人、何故か一緒に住んでいた。家事が面倒臭いのも原因の一つであって、みんなで協力しながら日々を送っていた
今、他三人は出払っていてミンウとシドは二人きり。ミンウは何度目かの溜息をついた。どんなに視線を送っても、熱中しているシドは全く気付かない。
(このままずっと、ずうっとだ)
一人になる事の不安が恐ろしい。
一緒にいられたらいい。この世界が永遠ならばそれも叶う。
何て強欲なのだろう。そう思いながらも安堵していた。
「ただいま」
スコットとリチャードが帰って来た。何もしないでいると体が鈍ってしまう為、二人は良く一緒に武術の稽古をしに行っている。そこで漸くミンウは今が夕方近くだと気付いた。
「お帰りなさい」
ミンウは魔道書を閉じ、疲れた二人に特製のレモンの果実ドリンクを用意した。
「どうぞ」
「すまない」
「ありがとう」
受け取るとあっという間に飲み干す。火照った体が冷やされ喉が潤う。コップをテーブルに置くと、スコットはまだ全員が揃っていないのに気付いた。
「ヨーゼフはまだ帰って来ていないのかい?」
「今日も遅くなるかと」
ミンウはドリンクのお代わりを注ぎながら言った。
ヨーゼフは率先して町の皆と一緒に、開拓事業に取り組んでいる。勿論ミンウ達も協力しているが、ヨーゼフのサポートと言ったところだ。
死者と言う事を除いては生前と変わらないので、何もしないではいられない。
「さあ、夕飯の支度をしなくては」
ミンウはコップを片付け、キッチンへと引っ込んだ。頼まれるまでもなく、スコットは手伝いに行く。
リチャードはシドの向かいのソファーに座った。シドは顰めっ面で図面を睨んでいた。機械の難しい事は分からないリチャードは話し掛けず黙って眺めていた。フィンの白騎士であった男が、今はすっかり職人になっている。騎士としての実力は計り知れない。
(一度手合わせしてみたいものだ)
ディストの竜騎士として、強さを肌で感じたい。ぼんやり思った。
そしていつしか良いニオイが漂い始めた頃、騒がしくヨーゼフが帰って来た。
「今帰ったぞー!」
ミンウがキッチンからひょっこり顔を出した。
「お帰り、ヨーゼフ」
「ほれ、お土産」
ヨーゼフはミンウの側に行き、手に持っていた袋を渡した。中には野菜が沢山入っていた。いつも食べ物を分けて貰って来てくれて有り難かった。
「有難う。明日はシチューにでもしようか」
「良いのう」
明日の献立の話をしながら調理に戻る。暫くして出来上がった夕飯を、腹ぺこだった5人は綺麗に平らげたのだった。
食後は各々自分の時間を過ごし、満喫。就寝時はそれぞれ声をかけてから眠りについた。
今日もそつなく過ごせた。ミンウはそろそろ寝ようかと思って布団に潜り込んだ。しかし、どうした事かなかなか寝付けなかった。何か温かい物でも飲もうと、部屋を出てリビングを通ろうてすると、仄暗くまだ明かりがついていた。シドがまだ起きている。
「シド」
「ん? どうした。眠れねえのか」
ミンウは頷いてシドの隣に座った。おまえが珍しいな、とシドは吹かしていた煙草を灰皿に押し付けた。
テーブルの上の設計図はもう出来ているように見えた。
「出来たのか?」
「おう。でもな、こいつを造った所で、この世界は俺達に何を見せてくれるんだろうな」
意味深長なその問いにミンウは答えられなかった。
「一体何があるのか、見当もつかねえ」
シドは設計図を持ち上げた。
此処はかつて生きていた場所ではない。どうなってしまうかは誰にも分からない。
「……時々、恐ろしく思う事があるんだ。いつかまた消えてしまうのではないかと」
ミンウは呟くように吐露した。今まで誰にも言わなかった事。ずっと不安が頭の片隅にあった。
シドはミンウを一瞥したが、また視線を戻す。その思いはシドにも少なからずあった。現実を帯びない世界に死してなお、何処かで味わった死を恐れている。
淀んだ夜に口が重くなる。
「それでも……それでも、私は今幸せだ。あなたと居られて」
そう、はにかんだ。シドは思わず設計図を下ろした。
「一緒に探そう。私達なら見つけられるさ」
例え虚無であっても、ずっと一緒がいい。
シドは無言でミンウの肩を抱いた。何も言わなくても分かっている。嬉しくて温かい。心地良い温もり。
(もう、見つけてるのかもな……)
他の何物でもない、お互いの安らぎ。
変わらない永遠(今)を、初めから。