パラドックス

 戦火に包まれながら、逃げ惑う人々を容赦なく切り殺していく騎士隊。
 マリアは絶望していた。今正に兄弟が自分を守ろうと必死に戦い、重傷を負って倒れている。
 おまえだけは絶対俺が守る。そう言って庇ったレオンハルト、フリオニールもガイも。マリアも最後まで戦った。だが、圧倒的な力に敵わなかった。敵はマリアを哀れに見下げる。狂気に満ちた顔。血に飢えた悪魔。
「兄さん……」
 御免なさい。
 膝をつき、力無く項垂れる。もうこれまでと覚悟を決めた時だった。
「良い女じゃねえか」
 一人の騎士がニヤニヤと顔を近付けてきた。顎を掴み上げられ、ジロジロと品定めされていると、マリアは悔しくて男を睨んだ。
「オイ。要らぬ捕虜を」
「良いじゃねえかよ。なあ嬢ちゃん。嬢ちゃんだってこんなとこで死にたくねえよなあ……」
 怪しい雲行きにマリアはカラカラに渇いた口で唾を飲み込む。捕まって敵の慰みにされるなど真っ平御免。近くに落ちていた剣を手で探り寄せ、突き付ける。
「まだそんな元気があるのか」
 騎士は愉快だと笑いながら、剣をものともせず更に近付く。
「大人しく言うことを聞くなら、そいつらに応急処置ぐらいしていってやるぜ?」
 マリアの心は大きく揺らいだ。このままでは三人とも死んでしまう。諦めの気持ち、それでも怒りと憎しみは消えない。この町に燃え上がる炎のように。
「本当に……」
 そんな事してくれる筈がない。連れて行く為の口実だと分かりながら、頼みにするしかない。早くしないと、手遅れになる。
 マリアは
「必ず……絶対に……」
 墜ちた。
 引っ捕らえられながら、フリオニール達の顔を見るのは、これが最後だった。

 パラメキアに連れて来られた後、マリアは地下牢にぶち込められた。それから間もなく数人の騎士がやって来た。あの騎士もいた。これからどんな酷い事をされるのかと青ざめ、泣きたくなった。
「さて嬢ちゃん。気持ち良くしてくれよな」
 それが合図となり、目茶苦茶にされる体。いくら泣き叫んでも助けは来ない。痛みに堪え、下った自分を罵倒した。
 何て非力。女である事を呪いたくすらなる。
(私が弱かったから。すべてを守れる力さえあったら)
 力が、力が欲しい……。
「何をしている!」
 突如として響いた声。マリアはその方向を愕然と見上げていた。見たことは無くても一目で分かった。それがこの帝国の支配者だと言う事を。隣には喚き散らす軍の指揮者と思わしき男と従者。
「汚らわしい事を。陛下の御前ぞ」
 騎士達は慌ててその場に直った。皇帝は興も無く冷めた顔でマリアを見下ろしていた。
「おまえ達は下がっていなさい」
 男の命で騎士達はお楽しみをお預けされ、怖ず怖ずと引き下がった。
 静かになった地下牢で、こんな乱れた格好で敵の大将と対峙しなければならない屈辱。マリアは誰よりも皇帝を睨んでいた。
「……憐れだな、女」
 皇帝が呟いた。
 マリアは腸が煮え繰り返る思いだった。すべて目の前の男のせいなのに、敵を取る事も出来ない。
 マリアはそのまま放置された。
「私に力があれば、負けなかった……」
 憤怒した双眸に涙が浮かぶ。
 悔しい、悔しい……!
 怨み辛み、皇帝を倒す日まで。それもまた、力の強欲に薄らぐ。弱い者は強い者に屈服するしかない。ならば強い方がいい。
「私は……」
 暗闇に急に光が差す。窓が一切無い場所で考えられるのは、誰かが地下牢へ来たと言う事。横たわったまま、見上げる。その視線の先に、皇帝がいた。
「くたばり、せなんだか」
 クツクツと笑う顔は初めて見た時より興を帯びていた。
「女。飢えたな」
 力に。
 マリアは否定しなかった。ただ、その目で叫ぶ。
 力を。世界を征服するだけの力を持つ皇帝への渇望。
「力に従うか。それも良いだろう」
 皇帝は笑った。

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