首飾りと敬語と

 それは、季節が暖かくなるにつれて変わっていくように。三人で旅をするようになって、以前の男二人からは考えられないくらい、変わった事が沢山ある。中でも一番大きいのは笑顔が増えた事だった。家を出て以来暗くなりがちだった黒魔は、モンクと戦士を困らせてはいけないと、明るくしようと努めていた部分があった。それも時間が解決して、やがて自然に笑えるようになった。
 戦士は自主的に酒を飲むことを止めた。黒魔への配慮だ。モンクは黒魔の前では飲まないようにしていたが、立ち寄る町では酒場へは良く行き、情報収集のついでに酒を嗜んでいた。

 黒魔の足取りが遅れはじめたのに気付いたモンクは立ち止まった。
「疲れましたか?」
 子供ながらに気を使う黒魔は首を横に振るが、そんな事は二人には分かっていた。
「遠慮すんなって言っただろ」
 戦士は自分がおんぶしてやりたいと思ったが生憎荷物を背負っていたので、モンクの元へ促す。
「……うん!」
 黒魔は嬉しそうにモンクの背中へ飛び乗った。軽い黒魔はいとも簡単にすっぽりとモンクに収まる。素直に甘えられた方が二人も嬉しかった。

 過ごしやすい日々が続き、いくばくか長引いた旅路の果てに、待ちに待った次の目的地である町へ昼過ぎに着いた。
 早速宿屋へ行こうとしたが、黒魔の足が止まったと思ったらしゃがんだ。
「どうした?」
 戦士が尋ねると、黒魔は何かを拾い上げた。小さな手に握られていたのは、綺麗な緋色の玉の首飾りであった。さほど高価な物ではない。宝石店へ行けばもっと高価な石はいくらでもある。
「誰かの落とし物でしょうね」
 さぞかし困っているだろう、と黒魔の思惑は容易であった。
「……持ち主を探しますか?」
「うん」
 黒魔は納得のいく言葉をもらえ、パッと顔を上げた。戦士は少し面倒臭さそうにモンクを見た。
「マジかよ。探すったって、そんなの普通、誰かに売り飛ばされておしまいなんだぜ?」
「誰かではなく私達ですから」
 ましてや黒魔が拾った物。そんな事をするはずがない。
「全く、骨が折れる話だ」
 そう言いながらも、戦士は率先して聞き込みをしてくれる。黒魔は嬉しかった。
 道行く人、宿屋、店、食事処……、しかし持ち主は一向に見つからない。まだ探していない所と言えば、酒場ぐらいであった。黒魔を連れて行く事は憚っていたが、黒魔が指を指した。
「ここは、探さないの?」
「いや、此処は黒魔……」
 戦士が言い終わる前に黒魔は中に入ろうとした。が、客と出会い頭にぶつかり尻餅をついてしまった。
「黒魔!」
 戦士が慌てて駆け寄る。モンクは代わりに謝ろうとした。
「申し訳……」
 若い女だった。思わず顔をしかめてしまう程の酷い酔いっぷりと見えた。真昼間から随分である。
「ああん? なぁに、そのちみっこ、転んじゃった」
 上機嫌なのか、まるで悪びれる様子もなく笑っていた女であったが、黒魔を見ていきなり豹変した。
「それえぇ!」
 明らかに首飾りを見ていた。
「返しぇちくしょおおおうッ! あたしんだああああ、っ、う、おえええぅ」
 叫んだかと思えば飲み過ぎたのか、ふらふらと壁伝いに吐き出した。三人は呆気にとられていた。

「おねえちゃん、だいじょうぶ……?」
 黒魔は心配そうに横たわる女を見ていた。
 あの後結局、放っておけずに酔い潰れた女を宿屋まで運んで介抱した。この女がこの首飾りの持ち主なのであろうが、酔っているせいでどうにも実証に欠ける。
「酔っ払っているだけですから、大丈夫ですよ」
 初対面の人間にこれ程世話を焼かすのだから。
 呆れるモンクに戦士も頷く。
 暫くして、女が目を覚ました。
「は、れ……?」
「目覚めましたか」
 声をかけたモンクに、女はまだ酔いが覚めておらず、この状況を理解出来ないでいた。
「あなたは、酒場の前で酔い潰れてしまったのですよ」
 虚ろにモンクを見ている。
「御免、シィ、フ」
「?」
 知らない名前で呼ばれた。どうやら誰かと勘違いしたようで、またそれきり眠ってしまった。

 女が完全に意識を取り戻し認識したのは次の日の朝だった。またやらかしてしまったと言わんばかりの顔で謝る。
「本当に御免なさいッ!」
 別に謝られたところで三人に咎める気はなかった。
「まあ、もう良いですよ。過ぎた事ですし、私達もその首飾りの持ち主を探していたんですから」
 この女、名前を赤魔と言い、やはり首飾りは正真正銘、赤魔の物であった。荷物から財布を取り出す際に、落としてしまったのに気づかなかったと言う。
「ありがとうございました」
「お礼なら、この黒魔に直接言えよ。普通なら、戻ってこないところだぜ」
 戦士が黒魔の肩を叩いた。
「ありがとう、黒魔!」
 黒魔は赤魔にハグされ、どうしようもなく照れて固まっていた。だが、何処か母親を思うような切ない複雑な目をしていた。
 ああ、母親を亡くした黒魔は母親の温もりにも飢えている。
 モンクは目を細めた。何をどう足掻いたって女性にはなれない男二人が絶対に与えられないもの。
「何かお礼したいところなんだけど、生憎……」
「おねえちゃんも、旅をしているの?」
「え? ん、まあ……ね。うん」
 黒魔の問いから、何故か歯切れが悪くなり始めた。
「我々はコーネリアを目指しているんですが、あなたはどちらへ行かれるんです?」
「あーと……」
「何か目的があるんじゃないのか?」
「えーと……」
「……もしかして、行く当てが」
 ドキッ! とまるで心臓から音が聞こえてきそうな程赤魔は顔を引き攣らせ、慌てて否定した。
「お、お礼にあたしも一緒に、仲間に加わってあげる。そうよ、それよ!」
「はい?」
 こうして無理矢理仲間になった赤魔が、恋人に振られて慰めと新たな出会いを求めて旅に出ていたが、ついうっかり資金が大好きな酒に消えてしまった事が、後に発覚したのだった。

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