この気持ちが何なのか、分からなかったガイに教えてくれたのはマリアだった。
「ガイは、好きな子が出来たのね」
「す、き……?」
ガイは首を傾げた。
最近、溜息ばかりついたり、胸が締め付けられたりと、何処か体が悪いんじゃないかと心配していた。だが違うとマリアは首を横に振った。
「それは恋患い。その子が好きでたまらないのよ」
女子と言うだけあって、恋の話が好きで相談に乗りたくてたまらないといった顔。
ガイは困惑しながらも、相談に乗ってもらうのまでは止めた。時間がかかりそうなのと、この後出掛ける用事があった。
残念そうなマリアにお礼を言って彼女の部屋を出ると、一階からフリオニールの声がした。
「おーい、ガイー。狩りに行こうぜー」
ガイの胸が高鳴った。昨日行くと約束していた。嬉しくて、嬉しくて堪らない。体中が歓喜に震える。犬だったら尻尾を激しく振っているところ。急いで階段を下りた。
(フリオニール! フリオニール!)
オレ、好き。
マリア、教えてくれた。
フリオニール、好き!
獣同然であったガイを人間へと引き戻してくれたのはフリオニールだった。
取っ組み合いのさなか、同じ人間なのだと訴え続けたフリオニール。やがて同じだと理解したガイは彼に下った。
それ以来、誰よりも一番に面倒を見てくれたフリオニールに絶対の信頼を置いていた。
どんな時もフリオニールの側にいた。
季節は夏を過ぎ、秋を迎えようとしていた。それでも動けば汗ばむ程度に暑さを感じ、川の水浴びが恋しい。
軽装備の二人は軽快に森を目指した。特にフリオニールは新調した弓を早く試したくてうずうずしている。普通の弓より弦が固く張られており、引くのは大変だがその分威力が増す。レオンハルトがこの弓を完璧に扱える様になったら一人前と認められると言っていたので、フリオニールが毎日特訓していたのをガイも応援していた。その甲斐あって、フリオニールは見事扱えるまでになった。ガイは自分の事の様に嬉しかった。
少しして森に着くと、警戒しつつ獲物を探した。ガイの役目は獲物をフリオニールの居る所まで追い立てる事であり重要だった。この連携プレイはマリアとの狩りでも実践しており、ガイには慣れっこであった。
暫くの間、二人は森を歩き回る。獲物は猪を狙っていたが、大きい方がやり甲斐があると、小物は狙わなかった。
狩りの間ガイはずっと、フリオニールと一緒に何かをする喜びと同時に、満たされる幸せすら感じていた。
相変わらずフリオニールを見つめるだけの日々が続く。
この間の狩り以来、距離が縮まらない。マリアもレオンハルトもいるので常に一緒にいる事は不可能だった。今日のフリオニールはレオンハルトと剣術の稽古をしていた。シャツを汗で滲ませながら、何度も声を出して振り落とされる剣。最近、フリオニールは弓よりも剣に力を入れている。
ガイは剣を振りかざすより、弓を引いている姿の方が好きだった。弦を引く時の姿勢、しなやかな筋肉に力が入るのをいつもウットリと見とれていた。マリアやレオンハルトからは感じられない気を感じるのが堪らない。
そんなフリオニールを側目にガイはマリアと一緒に家庭菜園の手入れをしていた。元々自然と戯れる事は好きなので苦ではないが、隣で励んでいるフリオニールが目に入ると、あまり集中出来ない。それでもマリアに迷惑をかけたくないので、なるべくフリオニールを見ないようにした。
しかし、マリアは何と無くガイの様子が可笑しいのに気付いていた。
「御免ねガイ。兄さん達と一緒に稽古したかったでしょう?」
その憶測推測はあながち間違いではない。ガイは頷ずきかけたが、止めた。
「オレ、平気。一人、マリア、大変」
「ふふ。有難う。ガイは優しいね」
綻ぶマリアにガイは面映くなった。優しいなど、自分ではよく解らなかったからだ。周りが言うもので、そういうものだと思っていたが、最近は違う気がしていた。
誰かに接していないと不安で仕方がない。自分は人間なんだと理解したからこそ、また野獣に戻ってしまう事を恐れた。
だから、側にいたい。
誰よりも安心出来るフリオニールの側へ。
近頃、ガイは胸の苦しさの他に、モヤモヤと不快な感情を感じる様になった。酷くなる時はいつも決まっている。
庭先にマリアとフリオニールが一緒にいた。家庭菜園の野菜はもう収穫の時期を迎え、どれも撓わに実っていた。収穫する二人は仲睦まじく、笑顔が絶えない。それはガイの知らないフリオニール。何処から見てもお似合いの二人。
痛みが伴う。見ていたくない。この感情が何なのかまでは、マリアは教えてくれなかった。
(何で? オレ……)
ガイは、マリアに嫉妬していた。
もう見ていたくなくて、台所にいたレオンハルトにしがみついた。
「ど、どうした、ガイ?」
いきなり巨体に縋られ、レオンハルトは困惑している。ガイはどうする事も出来ない痛みに堪えるしかなかった。それでも何かあったのだと察したレオンハルトは、何も言わずに黙っていてくれた。それだけで少し落ち着いた。
きっとその事を本能では分かっていた。この感情が自然に反するものだと。
叶わない想いに張り裂けそうになる。多分一生フリオニールは気付かない。想いを告げても困らせるだけだと知っている。
だから押し殺す。誰も傷付かずに済む。
それでも、これだけはハッキリしていた。
オレ、する、フリオニールの為、何でも。
どんな事でも。
命を賭けてもいいと。
「レオンハルト、オレ、なりたい、強く」
ガイはレオンハルトから離れ、揺らぎ無い決意を双眸に宿した。悲愴をひた隠すように。
「ん? じゃあガイも剣術習うか」
レオンハルトは柔らかい笑みを浮かべた。
ガイは頷く。
何かから必死に変わろうと苦しんでもがいている。レオンハルトにも感じられたガイの変化。
(気付かない訳ないだろ。そんな瞳をしてみていれば)
レオンハルトは何と無くガイの想いに気付いていた。もっとも鈍感なフリオニールが気付く事は無いだろうが。非情な虚しさを覚えた。
(もっとも、性別など関係なかったんだよな)
好きなのに、人間の常識がガイを変えてしまった。
「ガイ。強くなれよ」
もう一度力強く頷いたガイは、ただ自分だけに向けられた、出会ったあの日のフリオニールの笑顔を記憶に留めていた。