その自分の主である男は朝っぱらからそわそわしていた。決して感情を顔に出さない男が、隠し切れていない歓喜を滲ませ、まるで回りに圧力をかけていくようだった。
「今宵……分かっているだろうな、ダークナイト」
玉座から得意げに見下ろす顔に、ダークナイトと呼ばれた男レオンハルトは少し戸惑いつつも頷いた。
「はあ……」
今日は、皇帝マティウスの誕生日だった。
皇帝の誕生日にはパーティーを開いているのだが、毎年準備が大変であった。
着々とパーティーの準備が進められていたそんな数日前の事。
皆が何より頭を悩ますのはマティウスへのプレゼントだった。
レオンハルトは去年、朝寝坊しないように目覚まし時計を贈った。だがマティウスは気にくわなかったのか、つまらなさそうな顔をして「お前こそ私を起こすのに寝過ごさぬよう、これを贈ろう」と投げ付けられ時計は自分に元戻り。
今年こそは絶対満足させてやろうと意気込んでいたが、やはり何が良いかそうそう思い付かない。それに給料前で今月はピンチである。いかに金をかけずに満足させるか。
そこで回りの人を参考にしようと丁度目の前を歩いていたボーゲン伯爵を呼び止めた。
──陛下へのプレゼント? ワシは土地をお贈りする。
──何処の?
──ミシディア辺りをちょいと。
裏切り者だから、攻め落とすのに良心はないもんね。
等と思いつつ、次に黒騎士団のリーダーに尋ねた。
──パラメキアを外敵から守り抜く事こそ陛下への1番の進物かと。
そういうのも有りかとレオンハルトは閃いた。
盛大なパーティーは無事に終わり、玉座に座る皇帝は満足そうにしていた。ワイングラスを片手に余韻に浸っている。傅いていたレオンハルトも一安心だった。
「では、私はこれで」
「待て」
下がろうとして呼び止められた。
「……何か?」
「まだお前からプレゼントをもらっておらぬぞ」
とうとう来た。レオンハルトは怖ず怖ずしながら、ひざまずいた。
「何だ?」
「私からは……か、変わらぬ忠誠心を」
一瞬、空気が凍り付いたように間が開いた。
やはりまずかったか。
レオンハルトは息を飲んだ。
「……頭でも打ったか?」
心外な返事に俯いていた顔を上げると、マティウスは怪訝な顔でこちらを見ていた。
「冗談は顔だけにしろ」
だが、レオンハルトは見抜いていた。マティウスの顔が僅かに嬉しそうにしていたのを。
「思ったままを申し上げたまでです」
照れているのか。
そう思うと、たまらなく愉快だった。
が、悪戯な目色は笑った。
「ふん。プレゼントの代わりに来月の給料を差し引いておいてやろう」
まさかの減給、と言うか現金要求に開いた口が塞がらない。こんな事なら悩む必要等なかった。
「それは……恐れ入ります」
レオンハルトは苦い笑みを零した。
こんな主であるが、それもまた許せるのは、畏敬し付いて行くと決めた人の弱みな訳で。
やっと重圧から開放され、これでようやく心が休まる。
レオンハルトは清々しい気分でその場を去ったのだった。