真夏、夜でも暑い季節。

「あーぢーぃー」
「あっつー…」
「暑い…」

我が家は「暑い」の大合唱です。
今年は節電ということもあって、クーラーをなるべく使わずに過ごしているのですが…
窓も全開、服装も軽装、おまけに日が出ていない夜。なのに…

「一向に涼しくなる気配なし、ですね」
「クソあちぃ…」

隣で力尽きそうな政宗さんを団扇で扇いであげる。
確かに、北国の人たちには辛いでしょうね。

「明日でも水浴びしてぇぜ」
「そうさせてあげたいのは山々なのですが」

と、今朝ポストに入っていたお知らせの紙を見せてあげる。
そこには『ポンプ故障中、復旧は3日後になります』と明朝体でご丁寧に書かれている。

「こうも暑いと寝苦しくて敵わないよなぁ」

お風呂にも入ったのにじっとりと汗ばんで、慶次さんの長い髪が彼の地肌にぴったりとくっついている。
普段はきっちりとした小十郎さんでさえも服装を崩している。

「あ、そうだ」

うなだれていた佐助さんが顔を上げた。なんだか思いついたようです。

「どうしたんですか?」
「あー…風来坊に竜の旦那、あと鬼の旦那も。ちょっとこっち来て」

私ではなく、政宗さんと慶次さんと元親さんを指名した佐助さん。
彼等の耳元で佐助さんは何やら思いついたことを教えているようです。

「…なんだか、あまりいいことじゃない気がします」
「同感だ」
「………」
「はーい注目!」

私達の心配を他所に、佐助さんがさっきとは違う明るい笑顔で私達に話しかける。

「今からお出かけしまーす」
「えっ、今からですか?」
「うん!絶対涼めるからさ、行こう!」
「今何時だと思ってやがる…」
「ま、いいじゃねぇか、涼めるならよ」

う、うーん、まぁ、近場にお散歩程度なら、涼めるかもしれませんね。

「して、佐助。どこに行くのだ?」
「ま、俺様についてきてちょうだいな」

ああ、何故私はこのとき止めなかったんでしょうか。
まさか…まさか…!

「と、いうことで、お墓で肝試し〜!」

夜のお墓に来るなんてぇぇぇええええ!!

「おい、コイツの震えが異常なほどなんだが」
「ははっ、怖がりだなぁ」
「怖いに決まってるじゃないですか!」

むしろなんで慶次さんは笑っていられるんですか!
あとなんで幸村君は闘志を燃やしているの?!なんでこの状況で?!

「うぉお!これも試練なのだな佐助!某、乗り越えてみせましょうぞぉおおお館様ぁぁあああ!!」
「あーうんうんはいはい試練試練」

あ…幸村君は佐助さんに言いように言いくるめられたんだ。

「簡単に、墓場の中を一周して、またここに戻ってくること」
「あ、あの、1人でじゃぁないですよね?」
「そうしたいならそれでもい「いいえ謹んで遠慮します!」

無理!1人は無理です!

「じゃ、人数は2人ずつでいくから、さぁくじをどーぞ」
「抜かりねぇなぁ」

すでに汗ばんでいる、そして震えている手で、ゆっくりとくじを引く。
先端には青色が。

「ぬ、お主と同じか」

わくわくとした目でいる幸村君の手には私と同じ先端が青いくじ。
なるほど、同じ色の人とってわけですね。

「あいつがHoneyと一緒かよ」
「ちぇー、俺だってそっちがよかったよ」
「こんなことなら仕組んどけばよかった」
「悪かったな野朗で。俺も野朗となんざ望んでなかったぜ」

そしてジャンケンの結果、私と幸村君は2番目に出発。

「風魔、さっさと行って終わらせるぞ」
「……」

小十郎さんと小太郎君が最初に暗闇に進んで行く。
とうとう彼等の背が見えなくなった。

「そんじゃ、行ってらっしゃーい」
「うむ!行くぞ!」
「ま、待って幸村君!」

躊躇なくずんずん進んで行く幸村君を、必死になって後ろをついていく。
少しでも離れたら何があるかわからないもん…!
真っ暗闇を小さな蝋燭の光を頼りに進んで行く。明かりはたった1本の電灯で、虫がその周りを不規則的に回っている。

「どうした、寒いのか?震えてるぞ」
「さ、寒いよいろいろ…幸村君凄いね…ねぇ、幸村君」

駄目もとは承知で、一応聞いてみることにした。

「手、繋いでも…」

いい?と聞こうとしたとき、突如草むらで物音が!

「きゃぁああ!」
「ぬぁ!?」

ガサッ、という物音に驚き、反射的に幸村君に抱きついてしまった。
幸村君はそれに対し驚くも、しっかりと私を抱きとめてくれる。

「…にゃー」

…にゃー?

ゆっくりと首を後ろに捻れば、そこには白と黒のもようの猫ちゃんが、光る目をこちらにむけている。
が、すぐにまた草むらに戻り、がさがさという音を立てていなくなってしまった。

「な、なんだ、猫ちゃんか…ビックリしたね、幸村君」
「………」
「ゆ、幸村君?」

呼びかけても返事がない。それどころかわなわなと手を震わせ、顔が次第に赤く…
まっ、まさか!

「ゆきむっ「破ぁぁあ廉恥ぃぃぃいいいい!!!」
「あっ、まっ、待って!幸村君……きゃぁ!」




「にしても、暗いなー。こりゃ本当に出てくるかもな」
「Honeyなら抱きついてくるだろうな」
「…あのさ、ちょくちょくさっきから嫌味っぽく言うの止めて」

3番手の政宗、慶次組。彼等は何の問題もなく墓場をずんずん進んで行く。
が、2人の会話の中心は基本、彼等の想いを寄せる青空にある。
もともとこの企画は涼もう、そして青空との距離を縮めよう。をコンセプトにしたものだった。
だがしかし肝心の怖がりな彼女は、超天然純情ボーイ真田幸村とペアになってしまった。
まだ幸村でよかったのかもしれない。が、一応、念のため、油断はできない。
何故なら彼は超天然、自らも意識しないうちに女性をときめかせることだってあるのだ。

「ま、あの純情boyは抱きつかれたら叫んで走って逃げると思うがな」
「うわっ、この中で置いてかれたら俺でも辛いよ」

なんてことを慶次が冗談交じりで言ったとき

「ううっ…うぇ〜ん…」

女性の、鳴き声が…!

「ちょっ…嘘…?」
「…Wait」

後退りする慶次の腕を政宗は掴んで離さない。
そしてじりじりと、前方へ足を進める。
蝋燭の光が揺らめく。決して明るいとは言えない光が、彼等の先を照らす。
声はもう、目の前だ。いくら戦国武将といえど、彼等は思わず生唾を飲み込む。
互いに一度頷き合い、政宗は手にもつ蝋燭を前方へと向けた。

少し湿った地面に座り込んだ、我等が家主の愛しい青空。
その驚くほどに白い柔肌が橙の蝋燭の日に当てられ、頬には涙が一筋。
その姿に彼等が別の意味で驚いたのは言うまでもない。

「どっ、どうしたんだい?!てか、なんで此処にいるの?!幸村は!?」
「ひっく…怖くて抱きついたら、走って行っちゃって…追いかけようとしたら…」
「転んだってわけか」

サンダルを履いた足が赤く擦り傷を作り腫れていた。

「痛くて、立てないの…」

涙で濡れた不安げな瞳を向けられ、政宗は青空の頭に手を置いた。

「安心しろ。もう大丈夫だ。おぶってやる」

できるだけ優しい声音で語り掛けると、彼女は小さく頷く。
慶次に手伝わせ青空を背負おうとしたとき、後ろからもう一つの明かりが。

「あん?何やってんだテメェら」
「…あれ?なんでいるの?」

最後の元親&佐助ペアが追いついて来たのだ。
案の定2人も本来いないはずの人物に目を丸くする。
慶次が状況を説明すると、佐助は自分の主を思いうな垂れた。

「ごめんねうちの旦那が。お詫びに、俺様がおんぶしていってあげる」
「No thank you.オレがおぶる」
「じゃぁ俺も「「テメェは入ってくんな」」

2人とも所詮いいとこを見せたいのだ。言わずもがな、惚れた女だから。
夜の墓場で言い合う2人を止めたのは

「お願いします…」

転んだ青空が、佐助の腕を引っ張った。
選ばれた佐助は瞬時に笑顔となり、選ばれなかった政宗は舌打ち。

「まっかせてよ!よいしょっと…」

軽々と佐助は愛しい彼女を背負った。
青空はとても軽かった。それでいて、体は冷えていた。

「ちょっと、凄い冷たいよ体…」
「少し冷えてきたからな。その中に放置されたらそりゃぁ冷えるだろ」

その解釈を聞き、4人は益々幸村に怒りを募らせた。

「それにしても、俺様を選んでくれて嬉しいな〜」

先を進みながら、浮かれ調子の佐助が口元を緩ませる。
背負われている彼女は、そっと、抱きしめるように彼の背中に寄り添う。

「だって、落ち着くから…」

なんという告白にもとれる発言。
この言葉に勿論佐助は舞い上がり、残された3人は眉間に皺を寄せる。
そして、幸村達と合流したら真田主従を纏めて絞めようと策を練るのであった。

しばらく歩くと、前方に自分たちと同じ明かりが見えた。どうやら目的地に着いたらしい。
政宗は指を鳴らし、元親は肩を回し、慶次は手首を回した。準備は万端である。
次第に姿がはっきりしてきて、赤いTシャツがこちらに背中を向けている。
先陣をきったのは、奥州筆頭。

「真田幸村ぁぁあああ!!」
「む、政宗殿…のぁあ!?」

竜の拳が空を切る。しかし幸村も武士(もののふ)、政宗最大の好敵手。
すんでのところでこれを避け、体勢を立て直す。

「は、背後から襲い掛かるとは無礼な!正々堂々正面から来られよ!」
「正面ならいいのかよ!」

慶次は軽く幸村の頭にチョップを喰らわせる。
痛そうにしゃがみ込んだ幸村を元親が蹴飛ばし、幸村は尻餅をついた。
その周りを3人が囲む様子は、さながらカツアゲだ。

「な、何をいたす!」
「うるせーよテメェが悪いんだろうが」
「某は何もしておらぬ!そなた達が先に手を出してきたのであろう!」
「オレ等にじゃねぇよ。テメェがさっきHoneyに何をしたかわかってんだろ」
「っ…!」

胸倉を掴んできた政宗の言葉に、幸村は顔を赤くし、目を見開く。

「あっ、あれは…!」
「どうかしたんですか!?」

彼女の声が響く。すると前方から走ってくる小さな影と大きな影が。
ジュースを抱えた小太郎と、小太郎の上着を羽織っている、青空。
その姿に政宗、元親、慶次は目を丸くした。

「お前っ、なんで…そっちから走って…?」
「ああ、先にゴールしたので飲み物を買ってきたんですよ」

耳を疑った。青空は自分たちが連れてきた。

「真田のガキがコイツを抱えて走ってきたときは流石に驚いたがな」
「うっ…つ、つい…」

抱えて走ってきた?馬鹿な、青空は置いて行かれたはずだ。

「実はですね…」



私は驚きのあまり幸村君に抱きついてしまった。
すると幸村君はお約束、破廉恥!
が、彼は急に私の体を抱きかかえる。
突然のことすぎて頭が追いつかない。
どうしたの、と聞く前に、彼は目を血走らせ、走る体勢に入っていた。

『まっ、待って、幸村君…きゃぁ!』

そして、物凄い速さで墓場を駆け抜けた。



小十郎と風魔は彼女の話に頷き、幸村はさらに顔を赤くしていた。
きっと照れた幸村でも、ちゃんと彼女を置いて行ってはいけないという思考が働いていたのだろう。
が、問題はそこにある。

「ちょ、ちょっと!俺達は忍びの兄さんがアンタを背負って来たんだぜ?!
 アンタが足を怪我したから、おぶってくれって…」

そう、ふざけた様子ではなく言われ、青空を始め先方組も耳を疑う。

「馬鹿なことを言うな。コイツは確かに俺達と一緒にいた
 冷えてきたから風魔から上着を借りて羽織っているのが証拠だ。怪我もしていない」

彼女は小さく頷いた。彼女は嘘をつくような人柄ではない。
ならば、自分達は誰を背負って来た?

「そうだっ、忍の兄さん!」

彼等は、彼女を背負って来たはずの佐助を振り返った。
すると彼は、見たことのないくらい顔を青くしている。
震える唇を動かし、彼は声を絞りだした。

「ねぇ、俺、おぶってきたよね」
「お、おう…」
「俺さ…まだ、降ろしてないんだけど…いないんだよね、もう」

道理で変な格好をしているわけだ。
おぶる者がいなければ、1人ではその格好はわけのわからないものである。
降ろしていない、だからそのような変な格好である。
しかし、彼の背中にはもう誰もいない。

さぁ、もう気がついたでしょう?

そして彼等は何故、愛しい青空に気がつかなかったのか。
彼等が背負って来た『青空』は、髪の結っている箇所は右側だった。
しかし目の前の彼女は左側に結っている。
彼等が背負って来た『青空』は、話し方が少し幼い様子だった。
しかし目の前の青空は、幸村と風魔以外には敬語である。
彼等が背負って来た『青空』は、まるで陶器のように白く冷たかった。
しかし目の前の青空は、頬を桜色に染めている。

『闇』である佐助の背中が落ち着くと言った、とってもとっても軽い『青空』
まるで消えるかのように、いなくなった。
来た道はとても暗い闇、その中に、薄ぼんやりと、誰かが立っている。
少女だ、まだ幼い少女が、和服で闇の中に佇んでいる。
傷のある足、その痛みを知らないかのように少女は笑い、闇に消えていった。
佐助の背後から流れてきた冷たい風が、彼等の頬を撫でていった。

また、おんぶしてね…?




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