ぽつ、ぽつと降り出した雨は次第に強くなっていって
傘を差しても濡れてしまうんじゃないかってくらいの降水量。
学校の昇降口で傘置きから、コンビニで買ったビニールの傘を取り出す。
いい遅れたが、俺は谷川祐樹。この学校の2年生だ。

「やっぱり、持ってくればよかった」

さぁ傘を開こうとしたら、一人昇降口の前で立ちすくむ女子生徒が、独り言を呟く。
朝の天気予報では午後の降水確率は30%だったから、傘を持ってこなかったのも仕方がないと思う。
しかしその背に俺は見覚えがある。
見覚えがある、というか、ほぼ毎日その狭い背中を見ては、ガラにもなく1人胸の高鳴りを感じている。
彼女が鞄から携帯電話を取り出したとき、俺は傘の柄を握り締め、その背に離しかけた。

「あれ、何してんの」

なるべく普通に、普通に。
突如後ろから声をかけられ、彼女は少し驚きながら振り返る。
開きかけた携帯電話を一旦閉じ、彼女は俺に正面をむける。

「あ、谷川君」

同じクラスだけど、そこは男女の年頃特有の隔たりが邪魔して滅多に話したことはなかった。
しかし青空は俺の名前を呼び、少し困ったように微笑んだ。
畜生、目の前でみるとすっげぇ可愛いんだけど。

「か、傘、忘れたの?」
「うん。だから、お家の人に迎えにきてもらおうかと思って」

そう言って先程開きかけた携帯を見せる。
これは近づくチャンス。
頭の中に、まるで自分ではないような誰かからのアドバイスが響く。
ここでいいとこを見せなければ、今後彼女とはもうほとんど会話がないかもしれない。
そうだ、これはなんて有利な立場。無駄にするわけにはいかない。

「あっ、な、ならさ!」

携帯を握り締める青空の目の前に、俺のビニール傘が力強く差し出される。

「これ使えって!」

少し命令するような口調になってしまったが、彼女はそんな俺に嫌そうな顔をせず、逆に申し訳なさそうに眉を八の字にする。

「えっ、そんな、悪いよ。谷川君が濡れちゃうでしょ?」
「俺陸上部だし!走って帰るから!」

正直雨は陸上の短距離選手が自己ベストタイムで走ってもびしょ濡れになるような激しさ。
それはそれで、今火照っている頬を冷ませるだろ。
ふと、青空はじっと俺を見上げている。
ちょ…ヤバイヤバイ、可愛すぎる。

「ねぇ、もしかして熱があるんじゃない?顔が赤いよ?」

なっ…か、顔に出てた!?

「えっ、あっ、それはちが…」
「だったらなおさら受け取れないよ。ちゃんと谷川君が使って」

熱があると思われ、俺は彼女から傘を押し返される。
マズイ、このままじゃせっかくのチャンスが台無しだ。
一歩、踏み出してみよう。
こんな言葉を部活の顧問から何度も聞かされていた。
別に陸上なんてあるいみ足を踏み出し続ける競技だし、その意味をしっかりと理解せずに返事ばかりしていた。
俺は、その意味を今ここで、ようやく理解した。

「あのさ…一緒の傘に入らないか?」

その一言に、彼女は目を丸くして俺を見続けている。
返事を待つこの時間、この時間がなんとも苦しくて、心臓がバクバクと張り裂けそうで
手は雨に濡れたわけでもなく冷たく、足は硬直したように動かない。
青空の、その小さな口が開いた。
その時

「迎えにきたぞ」

男の声が、彼女の背後から聞こえた。
我に帰り、青空は突如後ろから聞こえた声に振り返る。
どうやらその男は彼女の知り合いらしく、彼女は男の名前を呼んで、笑っていた。
俺に見せたものとは違うその笑顔は、いつもより何倍も輝いて見えた。
大きな黒い傘を持った男は、青空より数歳年上に見える。
その人は俺に視線を移すと、彼女ももう一度俺に振り返る。

「誘ってくれてありがとう。風邪、拗らせないようにね」

まだ俺が風邪を引いていると思っているらしく、優しい青空は最後に優しく説いて、それじゃぁ。と男の傘に入った。
その際に、男は俺の方へ首を捻り、鋭い犬歯を覗かせてほくそえんだ。
曇天で光が入らない、薄暗い雨降りの下
2人の姿は門を曲がり見えなくなった。
最後の最後まで見続けた青空は、幸せそうに笑っていた。
暫くして、俺は玄関を飛び出した。
傘は差さない、いらない、いるもんか。
初めての恋はご覧の通り失恋だ。
彼女にはもう大切な人がいて、その男の隣で笑っていられる。
それでいい、彼女が幸せなら。
どうせなら、雨この胸の内の苦しさと、痛みと、彼女への恋心をきれいさっぱり流してくれ。
好きだった。過去形でこの恋を終わりたい。




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