蝶は気紛れだ。
ふらり、ふわりと急に現れては何処かへと姿を消す。
「政宗様!此処は我らにお任せください!」
「すまねぇ小十郎!頼んだぜ!」
「承知!」
仕掛けたのはオレだ。
此処に漂うは、蛾ばかり。
蝶がこの血生臭い戦場に漂っているなんざ思いもしなかった。
「どきやがれ!」
―ザシュッ―
「がぁぁああ!!」
「うわぁぁあっ」
「…Ha!こりゃ楽勝だな」
蛾なんざ、簡単に狩れる。
「ひっ、ひぃ!」
「Lest in peace」
そう、たった一太刀…
―ガキィイン!―
しかし、蛾は命拾いをした。
「青空様!」
「早く逃げろ!そして退くよう青空が言っていたと命令を出すように!」
「はっ!」
庇い出てきた1匹の蛾。
片足をつきながらオレの振り下ろした刀を防ぎやがった。
「やぁ!」
そしてひらりと力を流し、間を取られた。
「私(わたくし)は総大将青空!アンタが伊達軍筆頭だな!?」
長い髪を高い位置に纏め上げ
細い腕が、手が鋭利な刀を手にし先端を俺に向ける。
凛とした顔つきで真っ直ぐ見つめる瞳。
本来は綺麗であるはずの蝶が、血に塗れ赤を纏っていた。
ド ク ン
蝶を前にし、心が高鳴る。
「今はこの通り天気もよくない!これから一雨くる…」
「…んなの関係ねぇよ」
初めて出た言葉は震えていた。
恐ろしくて震えている?んなわけねぇじゃねぇか。
「これではお互い本領発揮なぞできない!決着はまた次だ!」
「そんなもん、一瞬でつけてやるよ」
「!!?」
素早く背後をとる。
その動きにコイツが追いつけるはずもなく、首に衝撃を与えられた。
「あっ…!」
此処を叩いて気を失わない奴はいねぇ。
倒れそうになった蝶を支え、抱き上げた。
―ポツッ―
コイツが言っていた通り、雨が降ってきやがった。
オレの腕の中で気を失っている蝶の顔に1粒、2粒と落ちていく。
頬についていた血と混じり、薄くなって伝い落ちた。
蝶を手にした喜びが、震えとなって現れた。
「政宗様!…その者が」
「ああ、ここの大将だ」
返り血を浴び、雨に濡れた小十郎が駆け寄ってくる。
「女…ですね」
「女だが女っぽくはなかったがな。小十郎、コイツを連れてくぞ」
小十郎は蝶を抱える俺に驚きの様子を隠せない。
「気に入ったぜこの蝶が。オレのモンにする」
「…わかりました」
何か言いたげだったが、そこは飲み込んだ小十郎は兵を集めるために走っていった。
蝶は自分が捕まったことを知るよしもない。
城に戻った軍と蝶。
気を失っている間に、女中に風呂に入れさせたあとオレの部屋に寝かせた。
「んぅ…」
「おっ、目ぇ覚めたか?」
「…!!?」
大きな目をゆっくりと開け、オレの存在に気付き構えた。
「…何故私を…」
キッと睨みを利かせ相変わらず強気な姿勢で構える。
だがその声が少しばかり震えていることにオレは気付いていた。
「アンタが気に入ったぜ。それだからだ」
「…兵は…皆はどうしたっ」
「安心しな。残党には興味はねぇ」
一歩近づくと蝶は後退りをする。
これ以上逃げて行かない様、蝶に覆いかぶさった。
「うっ…何をする!」
「言ったろ、オレはアンタが気に入った。青空」
「っ…!」
蝶は必死にもがく。
しかし四肢を押さえられ逃げることなぞできるわけがない。
暗い夜に映える白い肌。
それと反対の色を持つ漆黒の長い髪。
「こう見りゃぁ、アンタもただの女だな」
「くっ…」
唯一見える左目で押さえつけられる蝶に鋭い視線を浴びせると、脅えたような顔を一瞬見せた。
背筋にゾクリとした感覚が走る。
「いいねぇその顔!もっと見せてくれよ…」
「やっ…!」
白い肌に、紅い華を咲かせた。
辺りはまだ明るさを取り戻してはいない。
闇、漆黒の中に蝶と竜はいた。
体の至る所に紅い印をつけられた蝶
「はっ…ハァッ…!」
「青空、お前はもうオレのモンだぜ。逃げることはできねぇ」
「やっ…だ…!」
涙は枯れてしまった。枯れるほど啼いた。
自分を否定するその唇に喰いつく。
「んっ…ふっ」
舌を絡め、されるがまま。
もはやもう気高き蝶はただの蝶となってしまった。
「はぁ…んっ!」
「…好きだ。青空」
頭が口付けによってぐちゃぐちゃに掻き回されているようだった。
何もかもが、考えられなくなる。
ただ唯一、残ったものは…
「政宗、様…」
目の前にいる大きな子供。
自分を捕まえて離さない大きな子供。
一度捕まった蝶は、二度と逃げることはできない。
籠に入ってしまったら死ぬまで逃げることはできない。
体の籠にせよ、心の籠にせよ…
「好きです。政宗様…」
所詮、蝶。
戦場を舞う蝶は