夏、瀬戸内は今日も暑い。

「あぢぃ…たくっ、なんだってんだこの暑さ」
「黙れ下種が。お主がいると余計暑くなるわ。失せよ」
「あら珍しい、元就が日輪を拒むなんて」
「拒んではおらぬ。ただ暑いだけだ」
「つーかなんで俺のせいみてぇになってんだよ」
「…ていうか、なんでアンタたちが私の領地まできといて涼んでるのよ」

2人は何も言わなかった。無視ですか。
私の領地は元親と元就のちょうど間。
地理的状況で攻めにくい土地となっております。
ですから、絶対に軍では入ることのできないのです。

「なんかわかんねぇけどよ、青空んとこが1番ここら辺りで涼しい。野郎共も連れてきたかったが…」
「無理よ」
「我はそのうち我が領地となるこの地を偵察に来たまでよ。別に涼みに来たわけではないわ」
「ならとっとと帰れ。って、なんだかんだ言いながらあんたが1番ゆっくりしてるように見えるわよ」

まったく、コイツらは…。
まぁ、コイツらが来たら賑やかになるからいいんだけどね。

―チリーン―

風鈴の音とともに、心地よい爽やかな風が吹き込む。
仄かに香る磯の香りに、私は目を細めた。

「いーい風だなぁ」
「本当ね、気持ちいい…」
「これもまた、夏の一つの見所よ…」

元就がそう言い終わったあと、右肩に重みが。
驚いて目を開くと、私の右肩にはサラリとした茶毛。
それが幾束か、私の肩を滑り落ちた。

「元就…寝たの?」

返答はない。本当に寝てしまっているようだ。
にしても、珍しいわ。この人がこういう風にしてくるなんて。
ま、たまたまだと思うけど。

「おい、毛利の野郎珍しいじゃねぇか」

ヒョイッとその寝顔を覗きこむ元親。
その顔つきは、どこか優しげだった。

「コイツにも、こういう表情ができんじゃねぇか」
「そりゃぁ、この人も人の子だもの」

再び風が元就の方向から吹いてきたとき、気のせいか、太陽の香りがした。

「元就、太陽の…日輪の匂いがするわ」
「日輪の匂いだぁ?」
「ええ、とっても暖かい匂い…」
「…嘘付け、コイツからあったけぇ感じなんざしねぇ」

確かに、冷酷と言われる元就。でも、暖かい香りがするの。

「…ならよ」

ぼりぼりとその銀髪を掻き、私の顔を上目遣いで見てくる。

「お、俺はどんな匂いだ…?」

案外彼は繊細なのかもしれない、と、元親の状態を見て思った。

「そうねぇ、元親は…」

目を閉じ、元親の顔を思い出す。
…そうだ、彼はいつだって笑顔だ。潮風に当てられて、爽やかな風に包まれて。
そう、元親は…。

「…やっぱり、海の香りよ」
「海、か」

これしかないわ、と付け足せば、彼はそうかと言って苦笑いを浮かべる。
そしてまた、どこか遠くを見つめるような瞳をするんだ。
静寂、聞こえるのは元就の静か過ぎる寝息と、油蝉の生きる音。

「ねぇ、元親…」
「なんだよ」
「私、あなたたちが好きよ」

彼は何も言わなかった。
勿論、元就も何も言わない。

「だから、この領地をどちらに取られようと後悔や憎しみはないわ。けどね…」

一呼吸置いたとき、夏の風が肺いっぱいに入り込んだ。

「貴方達が戦ってこの領地を奪い合うようなことをするのなら、私はこの命を自ら、大阪の豊臣軍にやるわ」

今日一番に強く、生暖かい風が私達の間を通り抜けていった。

「くだらねぇ冗談は受け付けねぇぜ」
「そう思って結構よ。あとから後悔するのは自分になのだからね」
「後悔、するかもな…」
「そりゃぁこんないい土地を逃すんですもの。後悔してもしきれないわよ」

意地悪に笑ってやると、元親は隻眼で私を見据える。

「土地なんざ関係ねぇ。俺はテメェの命を捨てるような行為をさせちまったことに後悔するぜ」
「…そう」

それ以上は何も返せなかった。だって、予想外のことを言われたんですもの。

「ま、この緑馬鹿の意見は知らねぇがな」

元就なら、戦いそうね。

「ねぇ、元親…」
「あん?」

いろいろ考えて、私は頭を彼の肩に預けた。
元就の頭を、自分の膝にそっと移して。
風が気持ちいい。いつもの風のはずなのに。
それはきっと、私が肩を預けている彼がいるから。
ゆっくりと瞳を閉じ、三文字の言葉を唱えた。

「好きよ」


日と海の狭間



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