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本当に

なんて馬鹿な話だ



あれだけ違う男を取っ替え引っ替えしてるのに、
スルーされてるのは自分だけ。

というか自分一人だけ相手にされてないのも、それはそれで腹立たしい。


(いや、なんつーか、プライドがね?)


もう俺はそんなに魅力に欠けますか?

みたいな。


(なんでこんなことで凹まにきゃなんねーんだよ)

(つーか、そもそも魅力ってなんだ)



「紀田」

「あーはいはい出来ました」



そうだ、此処は職場。

首を締め付ける真っ黒なネクタイをほんの少し緩めながら刷り終わったコピー用紙の束を課長に渡す。



「ごくろーさん」

「………」



目の前の課長は男前だ。

此処はヤの付く職業とも若干関わりのある系列の会社で取り立て生業として営んでいる。

そのためか課長は社内でもサングラス着用で髪は金髪。

キレると手がつけられないと噂だが、普段は穏やかで口に挟む煙草も様になっていた。



「……課長」

「ん。どうした?」

「俺ってどうですかね」

「は?どうって何がだよ」

「いや、こう見た目?」

「……いい方なんじゃないか」

「なんつーか課長みたいな男の色気っていうか」

「?」

「フェロモンってどうやってかもせばいいんすか」



真顔で聞いたらゲンコツを喰らった。



だってあいつ口は悪いし意地も悪いけど、裏表なくてなんかいい奴なんだ。

自分だけのけもんにされるのは


(嫌だ)


もっと近づいてみたい。



「ただいま―…」



帰ってきた薄暗い部屋。
電気も付けずに暑苦しいスーツを脱ぎ捨てる。


(てか、男誘うってどうやるんだ?)


人に聞く…無理。

資料買ってくる…無理。


やっぱりネットか、とパソコンを付け、検索ワードに『動画』『ゲイ』と試しに打ち込んでみた。

すると予想外に沢山の検索結果が出てきて息を呑む。


(こんなフツーにあるものなんだな)


怖い物見たさか好奇心を擽られ、震える指でいくつかのウェブサイトを閲覧する。
中には日本人のものもあり、出演者はすげぇ男前だったり。

AVを探す要領で無料のサンプル動画をクリックした。


『あん、あん』


パソコンから突然鳴り出した音に心臓が飛び出そうになりながら、慌ててプラグを差し込みヘッドフォンを装着する。


(う―わ――…)


男が男に突っ込まれて普通に喘いでいた。


(………こんなの無理だろ。参考にならねぇよ…)


大きなため息をついてデスクにごつりと頭を乗せる。

それでも気持ち良さそうに喘ぐ男の声は鳴り止まない。


(……そーいや最近全然使ってないっけ)


股間を見つめているとなんだか熱が集まってきて、恐る恐るチャックを開く。


(う)


息が荒くなりながらも右手が止まらない。

今したら、絶対想像してしまうのに。



「っ、」



ダメだって


相手にされてねーのにみっともない



「紀田くん?」

「?!」

「なんだいるじゃない。どうしたの?電気もつけないで」



パチンと電気がついて部屋が一気に明るくなる。

そこにはついさっきまで脳内を占めていた人物が。



「な…ッ、なに?なんだ、何しに来た」



心臓がばっくんばっくん鳴っている。
それでも平気な顔を装ってパソコンを閉じイヤフォンを外した。



「ピンポン鳴らしたし声も掛けたよ。いないのかと思って。雨降ってきたから洗濯物を」

「あ、ああ。ありがと」

「ていうか何慌ててたの?」



何でもない顔で腕の中に隠したパソコンを開けられる。



「あ…!!ちょ…ダ」

「はは。ああなるほど。ごめんね邪魔しちゃって。ってかこれゲイビじゃん」

「んなわけねぇだろ!怖ぇーこと言うな」

「へぇ」



虚勢はすっかり見抜かれてるようだった。
中身を見て「これの8がオススメ」なんて指を差される。

正臣は恥ずかしさと焦りがごっちゃになって、そんな臨也の顔を見れないでいた。



「興味でも沸いちゃった?貸そうか?」

「壁薄いから声とか聞こえてくる時あって。だからど、どんなもんかと思ったんだよ。ケツとかさぁ、どうなのそれ。汚くねーの」

「―――汚いって紀田くん。人の嗜好にケチつけるなよ。失礼でしょ」

「あ…」



臨也の声のトーンは変わらなかったが、部屋の温度が数度下がった気がした。
臨也を、怒らせた。



「なに。今日は気に入らないことでもあった?夕飯一緒にしようかと思ったこどやめとこうか」



臨也が皮肉げに笑ってパソコンを閉じる。



「じゃーねー」



そのまま、行ってしまう


いやだ


行くなよ



「なに?」



気づけば黒いロンティーの端を掴んでいた。



「わ、わるかった。喧嘩売ってる訳じゃなくて」

「じゃあなに?俺のことからかってやろうとかしてる?」

「し、してねーよ!だから……ッ」


(どうすりゃいいんだ、この後)

(この気持ちを)


震える手で臨也の手に指を絡ませた。

意外に綺麗で冷たい手。

そのまま肩口に顔を埋めた。



「紀田くん…ほんとにどうしたの?」

「………」

「もしかして誘ってるの?」

「だ、だって俺だけ相手にされてねーてのはなんかむかつくってかそれで…」

「いやだって紀田くんゲイじゃないんでしょ?むかつくって言われても困るなぁ」

「――…ゲイだったらいいのか?」

「は?」

「ゲイがいいんだったら今からなる。それだったらいいだろ」

「どうしたの、そんな必死になって」

「俺だって訳わかんねーよ!でもあんたみたいな人に無視られんのはかなしい…」



どうしようもない駄々をこねる正臣に臨也が肩で息をつくのがわかった。

やばい。飽きれられたかもしれない。



「本気で言ってる?本当に出来んの?」


こくりと首を振る。


「キスとか抱きしめるとかそんなんばっかじゃないんだよ?」


こくり。二度目は髪を撫でられ視線を合わされた。


「途中でやっぱだめでしたなんてことになって…気まずくなるのやなんだけどなぁ。せっかく友達になれた訳だし」



臨也も困ったように頭をかく。
「友達」という言葉も嬉しかったけど


今はこの人の目に映りたい。


涙で潤んだ瞳を開いたまま唇を押し付けた。
切れ長の目が見開くのが見えた。

男同士がなんだっていうんだ。キスしてみれば覚悟していた嫌悪感は何処にもない。
今まで引いた白線を一気に飛び越えた気がした。

それでも震えは止まらなくて。
隠すように薄い腰に手を回した。



「つ、次は?どうしたらいい?何したらいいんだ」





お隣りさん
もう後には引けない






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