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「気が削がれました」
苛立ち混じりのため息をつきながら腰を上げた。
「え…?」
突然立ち上がった骸に驚いた綱吉は呆然と骸を見つめる。
その表情はこの行為を止めることができるかもしれないという期待が孕んでいることは丸わかりで、骸の苛立ちは一層増した。
いい年をした男が上目遣いなんて。
いや、綱吉にその気は無いのかもしれないが、可愛いと思ってしまった自分が余計に腹立たしい。
ただこの顔を苦痛に歪めてしまいたい。
どんなに穢しても彼は綺麗なままで自分の醜さだけが浮き彫りにされているようだった。
「綱吉くんもあまり乗り気じゃないみたいですし、たまにはこういうの使ってみます?」
懐から取り出したソレに綱吉の顔が見るも顕に強張る。
その望んだ表情に骸も気分が良くなってほくそ笑んだ。
「天国までイけますよ。マフィアのボスだったらこれぐらい経験ないと」
右手に持つは掌に収まるサイズの小さな注射器。
中には合法ではないドラックを濃縮して液体化したものが入っている。
昨夜行った任務でたまたま相手が持っていて、後で中身を解析しようと密かに没収したものだった。
ちなみに、幼少期、多種多量の薬物を試されている骸には大概のドラックはあまり効果を示さない。
少々薬に免疫をつけた綱吉でも非合法ものを血液へ直接流し込めば結果は目に見えている。
「どうします?」
ぴゅっと注射器の後ろを押すと、針の先から透明な液体が零れる。
本来なら空気を抜くために行う行為だが、これは綱吉にわざわざ恐怖を植えつけるためのもの。
骸だって本気でこんなもの使う気など無い。
中身が不明である以上副作用や後遺症もわからないし、血液検査をすれば一発でバレてしまう。
使用したのが骸だとバレれば、綱吉はいざ知らず、赤ん坊には手酷い仕置きを受けることになるだろう。
「なんで逃げるんですか?」
嬉々としながら、震えて後ろにずり下がる綱吉を見下ろす。
「い…や、こ、ないで…っ」
「…?」
「いや、いや、いやだァ!!」
おかしい。
この時になって初めて相手の異変に気がついた。
綱吉のこの脅えようは尋常ではない。全身が小刻みに痙攣し、顔色は真っ青だ。
瞳を剥き出し、唇が戦慄いて呂律が上手く回っていない。
「いきなりどうしたんですか?」
骸が近づくと一層身体を震わせる。
脅えの対象は骸、というよりはこの注射器か?
「た、たすけて」
冷静に分析しながらいざとなったら気絶させるか、と一気に距離を縮めて両腕を壁に押さえた。
すると、彼は落ち着くどころか発狂したように大声をあげた。
「いやあああああああああ!!!むくろ!!むくろたすけて!!!!」
「は?」
驚いたのは骸の方だった。
口から飛び出したのはまさかの自分の名前で。
(僕が見えていないのか…?)
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
壊れた機械のように同じセリフを。目はほとんど焦点があっていない。
彼は一体何を見ているというのだ。
「…ゆに、」
突然小さくなった声に耳を傾ける。
綱吉の大きな琥珀色の瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていた。
『ユニ、ごめん』
綱吉は確かにそう喉を震わせて動きを停止した。
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