10




『そりゃあ、ペットに問題はありませんよ。俺の瓜と違ってよくできたペットじゃないっすか!』



さすか十代目、と声を踊らせる電話の相手は、自他共に認める綱吉の右腕、獄寺隼人である。

雲雀にフラれた綱吉は、獄寺にもペットを飼っていると口を滑らせたことを思い出し、藁にも縋る思いで受話器を取った。

彼も動物を飼っているということで、内容をかいつまんで相談してみたが、やはり返ってくるのは予想通りの言葉。


やはり、自分がおかしいのだろうか。



「うーんでもこの辺がもやもやして…喉になんかつっかえたみたいな…」

『跳ね馬のヤローに相談してみたらどうです?』

「え?」



いきなり耳に入ってきた名前に体が凍りつく。

そうだ

共にイタリアに行かないかと誘われて、未だその返事を保留としたままでいる。


こんな事で頭を悩ませている暇はないのに。



『今あのヤロー日本に来てるみたいじゃないっすか。ほら昔から十代目もよく』

「………言えないよ」



(言える訳がない)



大好きな、本当に心の底から敬愛しているディーノのことより、ペット、しかも人間の男の事で頭がいっぱいだなんて。



足りない、何か。

苦しい

クルシイ


体が、心が、『それ』を渇望している。



『ま、まあ!あんなヤローなんかに頼ることはないっすよ!!そうだ、そのペットと…』



綱吉の無言に慌てた獄寺が気を使って話題を変えてくれた。

それに適当に相槌を打ちつつ、どうやって骸の機嫌を取ろうかなんて考えながら重い足どりで家に向かっている。

右手に持った箱には、あいつの大好物なベルギー直産の本場チョコレートケーキが。



『ペットはなんつーか、意外と飼い主の心を解ってるというか…淋しいだけなんじゃないんすかね?十代目の気を引きたいんですよ。』

「……そうかな?」



確かに最近はディーノのことばかりで骸にあまり気をかけていなかった。

むくろ、あいつも『淋しい』とか感じてくれるのだろうか。

ある種ギブアンドテイクの関係。

時々何を考えているかわからないけれど。




『ペットは人間じゃなくて動物ですから』




どくん


一気に心臓が掴みあげられる。



『獣なりの忠誠心というか…』


その後の言葉は耳に入って来なかった。



「獄寺くん」

『はい?』





「俺のペットは人間だよ」




プチン。


何を考えたのか、その時の綱吉はそれだけ口にして携帯電話の電源を切った。






□□□□□




「ただいまー」




扉を開けると、暗い廊下。

骸はいないかと思いきや、その先リビングは明かりを燈している。

そして


微かに耳に届く――…




「……です……から……」

「!!」



綱吉は体中の血液が頭に上るのを感じながら、衝動のままリビングのドアを乱暴に開けた。



「!!」



骸はこちらに気づいてわずかに切れ長の瞳を大きくさせる。

しかし、その手に持った携帯電話を切ろうとはしなかった。



「なんで…なんで骸話してんだよ?!」



大声をあげて抗議する綱吉はまるでただをこねる子供のようで。

それでも骸は綱吉から視線を外さなかった。



『骸様?』

「では、そういうことで」





淡々とした声色で骸が通話を切ったと同時に、綱吉はその携帯電話を引っ掴んで床に投げ捨てた。


ガシャン、と機械の破壊音が室内に響く。


理不尽なことをしている。

そんな事はわかっていた。


けれど、頭に上った血液はふつふつと沸いて一向に冷めようとしない。



「当たり前じゃないですか。本当に犬だとでも思ってたんですか?」



骸は小さくため息をついて、綱吉を小馬鹿にしたように口許を歪ませる。


(そんなの)



「……ッ…お前がァ…ん?!」



話さなかったからじゃないか、という言葉で口から出なかった。

壁に突き飛ばされ、きつく縫い止められる右手。


骸の端正な顔が一気に近づき、綱吉の唇を塞いでいた。



「やめ…ッ…ぁ、んん…」



ほんのり冷たい舌が歯列を割って口内を蹂躙する。

なんとか逃げようとするも、左手で頭を固定されて結合は深まるばかりだ。



「……ッっ」


パシンッ



耐え切れなくなった綱吉は、舌を噛んで、空いた左手で骸の頬を叩いた。



「何すんだよ!!!」



無意識に零れた唾液を拭う。

骸も口端から伝う赤い血を妖艶に舌で舐めとった。



「あのディーノという男みたいにキスでもして欲しいのかと思いまして」「……ッ」



もう一発殴ろうとした手は素早く骸に阻まれる。

両手を塞がれて、綱吉は骸を睨みつけることしか出来なかった。



「………泣くほど嫌ですか?」



そう小さく呟くと、骸は急に満面の笑顔を作って、綱吉の腰に抱き着いた。



「ッ…お帰りなさい!」



そう、言葉を乗せて。



「………もう一回言って」

「……おかえりなさい」

「もう一回」

「お帰り」

「……ッ」



言葉を遮るつもりは無かったのに、胸板に押し付けるように骸の頭をかき抱いた。



「っ」



(あったかい)



胸が、満たされる。



これが


足りなかったんだ――…




いつだって

すくい

なぐさめてくれる

魔法の言葉



「ただいま、ただいま骸」



綱吉は藍色の髪に惜しみなく涙を零しながら唇を動かした。



「試すなよ…十分お前が必要だよ」

「…ごめんなさい」



素直に漏れた、言葉。

骸もそろりと綱吉の背中を撫でた。




(ペットにあるまじき事かもしれない)


(少しだけ)

(少しだけでいいから)

(僕の価値に気づいて欲しいなんて)


「ねぇ、綱吉くん」

「なに?」

「一緒に寝ていいですか?」

「うん、いいよ」



以前は足蹴にされていた願いが素直に聞き入れられる。



「ただし、変なことしたら殺すからな」

「ぶー。わかってますよ」



口を尖らせながらも、零れる笑みを隠せなかった。


人の温もりに包まれて眠る心地好さ。



(僕が必要なんだと)

(強く感じて欲しい)

(他の誰よりも)

(ずっと)




(今だけで、いいから)










11
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -