「はい、これ」
ことり、とデスクの上に置かれたマグカップ。
それにはインテリな雰囲気には余りに不釣り合いな可愛いクマの絵がプリントされている。
煎れたてのせいか、まだゆらゆらと立ち上る白い湯気。
「うわぁ。どうしたの急に」
仕事用のパソコンから顔を上げた折原臨也は、目を丸くして大袈裟に驚いてみせた。
「別に。この部屋寒いからいるかな、なんて」
この部屋は来客用でもあり、冷房が適度に効いている。
臨也は眼鏡が曇らないようカップの中身を覗くと、意地の悪い笑みを正臣に向けた。
「俺が甘い物嫌いだと知っての嫌がらせかい?」
勿論彼が甘味嫌いだということは聞き及んでいる。
しかし、それは実際の好みではなく、彼の大嫌いな平和島静雄の好物だから、というなんとも子供じみた理由なのだ。
「まさか、俺がわざわざ刻んで鍋で温めたホットチョコレート、飲まないなんて言いませんよね?」
負けじとにっこり微笑み返せば、臨也は肩でため息をついてカップを手に取った。
「……ありがとう。いただくよ」
やけにあっさり礼を述べて、カップを口元に持っていく。
後数センチ。
整った唇が陶器に触れた。
それを食い入るように見つめていた正臣がごくり、と喉を鳴らした瞬間
「―――なんて、言うと思った?」
彼の胃に落ちるはずだった液体が、デスクに戻される。
臨也は能面から浮き出たような笑みを浮かべていて。
剣呑な瞳。
「2時間前、薬局で睡眠薬買っただろ?わざわざ黄巾族のコネ使って偽の処方箋まで作って」
こいつは俺のストーカーか。
思わず舌打ちしたくなるのを我慢して彼の言葉に耳を傾ける。
冷静さを失っては、負け。
「紀田くんが俺に自ら進んでココアなんて、どう考えても可笑し過ぎるよね」
そう言いながら喉を震わせる。
臨也はカップの縁を細い指でなぞりながら、茶色液体を燻らせた。
「なに。俺を眠らせて今までの敵でも取るつもりだった?どうせ甘ちゃんの君だから殺すことなんて出来ないだろ?俺に恨みを持つ相手に売り渡すとか、そんなとこかな?」
よくもまぁペラペラと。
そう漏らしていたのは誰だったっけ。
「……睡眠薬は俺が最近寝れないから買ったんです。臨也さん想像力豊かですね。いいですよ、そんなに言うなら飲まなくて。俺が飲むんで」
さらりと告げると、カップを自ら手に取る。
甘ったるいカカオの薫り。
一瞬の躊躇。
それでも彼が口づけた部分に正臣は唇を寄せた。
「!!」
液体が喉を通る寸前で、それは阻まれる。
臨也がカップを握ったのだ。
「……俺に作ってくれたんだろ。貰うよ」
「あ、ちょっと!」
正臣の返答無しに、臨也はカップ中身を一気に口に流し込む。
うっすら浮かぶ喉仏が上下するのをただ唖然と見ていた。
「うわー、何袋溶かしたの、コレ」
臨也はこめかみを押さえながらデスクで身体を支える。
立っているのもやっという感じだ。
「な、んで…入ってるの知ってて…ッ」
「べ、つに……君に俺を殺す度胸はないだろうけど、」
君に殺される覚悟はできてるんだよ
ガタンッ
唇が動くと同時に倒そうになった臨也の身体を慌てて抱く。
正臣の腕の中で彼はぽつりと漏らした。
「それに」
「嬉しかったんだよ」
「きみ、が…つく」
言葉は最後まで紡がれず、瞼が閉じられる。
スー
スー
小さな寝息に安心し、ソファへと彼の身体を横たえる。
あどけない寝顔。
睫毛も長い。
さらりと頬を撫でても、勿論何も返ってこない。
体温が、ある。
彼も自分と同じ人間なのだ。
その横に自分の頭を乗せて、じっくりと臨也の顔を眺めていた。
平和島静雄に引き渡す
勿論それだって考えた
恨みだって怒りだって、未だ腹の中で燻っている。
でも
結局は
(寝顔、見たかった、だけ)
なんて
恋心とは常に矮小である
企画提出作品です。
→ちぐはぐ
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