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「ぎゃああああああ」




断末魔のような男の叫びが、大通りから脇道一本それた路地に響き渡る。

街は既に闇と色鮮やかなネオンで支配されており、店を飛び出した正臣は悲鳴の方向へ走り出した。



(ツキのない奴)



襲うにしても臨也の機嫌がもう少し良ければ、まだ楽に気絶できたかもしれないのに。



「やめ、でぇ」

ぐちゃ

「だいたいさァ、こんな数人で俺を倒そうとかいう考えが思い浮かぶこと自体が尊敬に値するよ」

めき

「だてにシズちゃん相手にしてないっつーの、」

ぼきィィ

「グァァァァァッ、ひ、助け…」

「助け?神頼み?それとも君を産んでくれた母親でも呼んでみるかい?」



夜空に浮かぶ三日月のように綺麗に微笑む臨也。

彼が下にうずくまる男の怯えた顔に、その細長い足を振り下ろそうとした瞬間




「はぁ、っ、は」



かけつけた一人の少年。

正臣が目にした光景は乱闘と言うには見るも無惨な代物だった。



三人のチンピラは血まみれで地に伏している。

臨也の手に持つナイフ、頬、そして瞳。

暗い路地にやけに赤だけが目についた。



人を愛しているはずの彼が自らの刃を持って人を傷つけるなんて。


なんてことだ


乱闘騒ぎの糸を引いていた訳はなく

彼自身が乱闘の中心に君臨していたんだ。



「やぁ、正臣くん」

「………っ」



見つかっちゃったと臨也は口端を上げる。

その狂気じみた表情を正臣は見た事がなかった。


足が、手が、唇が震える。


今自分は目の前の人物に恐怖していた。



「俺に女寝取られたからって報復しに来たんだって。立派な正当防衛だろ?」


めきょォ…ッ


骨のひしゃげる音が鈍く反響して耳まで届く。

しかし

泣き声に近い悲鳴を上げたのは、その場に倒れる男では無かった。



「臨也さんッ」



必死の形相で足にすがりついくるは

先程まで臨也を睨みつけいた正臣。



「もうやめて下さい!それ以上やったらマジ死にますよっ」



「別に、君にはカンケーないでしょ」



熱の無い抑揚に正臣はぶんぶんと首を振った。

涙をスボンに擦りつけるように。



「俺のせいですか?俺が―…」

「思い上がりも甚だしいね」

「だって…こんな…血だらけ…」



下に倒れる事切れた男のものだけではない。

力任せに殴りに殴れば、その反動だって此方に来る。

血塗れになった冷たい手に正臣の手が恐る恐る触れた。


(あったかい)



「――…ありがと」


「あそこだっ」



自然と溢れた言葉は正臣に届いたのだろうか。

それをかき消すように数人の叫び声と足音がこっちへ向かって来る。

どうやら誰かが呼んだ警察が駆けつけたようだ。



「!!…こっちに!」



立ち尽くす臨也の腕を無理矢理引っ張って二人で走った。

追手がいるかもわからず、がむしゃらに裏路地を入り込み、角を曲がったところで建物の中へ。


正臣が連れ込んだのは、一見ビジネスホテルともとれる外観だか、言うなれば恋人達の営みのための空間だった。



「正臣くんさァ、もっと他にいい場所あったんじゃない?」



うっとうしくなるようなどこもかしこもピンク色の内装。


構わず自分がシャワーを浴びた後も、正臣はドアの前で足を抱きながら青ざめていた。



「仕方ないでしょ!元はと言えば臨也さんが…!」

「はい」

「?」

「お水。少し落ち着いたら?」

「………」



差し出されたペットボトル。

正臣は渋い顔でお前のせいだと言わんばかりに野良猫のように廃れた目で此方を睨みつける。

が、立ち上がらなかった。



「口移しで飲ませてほしいの?」

「違いますッ」



それは正臣の引いた予防線。

こんな場所だ。性行為のための道具なら大抵揃っている。

何をされるかわかったもんじゃない。

連れ込んだのは正臣本人だし、かと言って臨也を置いて行くことも出来ないでいるのだ。



「俺達セフレだったワケだし、そんなに気張らなくてもいいのに」

「!!」



正臣の肩がびくりと跳ねた。



「欲求不満?ナンパは成功してないみたいだねぇ」



それは意外、と臨也は目を丸くしてみせて。



「じゃあ俺がシてあげようか?」



と望み通り耶喩した笑みを浮かべる。


バァンッ



「あんたが!…ッ…いきなりそんなんになるからッ」



正臣の腕がドアを撲り、勢いよく立ち上がった。



「あんたのせいで…俺がおかしくなるんだ……ッ」



頭をくしゃりとかきむしる。

それはまるで睦言のようで。


叫んだ正臣はハッとしたように顔を歪ませて、帰ります、と呟き背中を向けた。



「!!」

「行かないでよ、正臣くん」



後ろから抱き締められて、背中に感じる温度。

濡れた髪から水滴がぽたりと正臣の首筋を伝った。



「は、離…」

「好きだよ」



抵抗は、無かった。


為されるがままに二人ベッドに雪崩れ込む。

くくくと喉の奥で笑う臨也に正臣は不信な顔をした。



「……なにが、可笑しいんですか?」

「いや、君の運命を俺が変えたっていう只の優越感さ」

「は?」

「本当ならシズちゃんと甘ったるい愛を育めたのにねぇ」

「!?」



正臣の反応を楽しそうに眺めながら言葉を続ける。



「帝人くんにシズちゃんの弟の話をしたのも、俺だよ」

「………」



ぐうの音も出ないというやつだ。


最初から全て仕組まれていた。


臨也は小さい子供をあやすように優しく正臣の髪を耳にかける。


(今さらそんなこと言われたって)


正臣は泣きそうになりながら唇を震わせた。



「……でも、もう、運命は変えられない」

「そうだね」



臨也は穏やかな微笑を浮かべて、少し困った顔をした。



「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」

「?」

「逃げ道は用意してあげてたんだよ?」


戻って来たのは、君



正臣だけでない


臨也の運命だって狂わされたという事実。



「俺はシズちゃんみたいに蛇の生殺しのような真似はしないさ」





“美味しく丸呑みしてあげる”



声だけで身体の芯から侵されているようだった。






「はァ、ぁ、…っッ…いざ…ア」



絡み合って熱を分け合って粘膜をくっつけて。

元々正臣にとって臨也は静雄の代わり、臨也にとって正臣は只の性欲処理であり、静雄を傷つける道具だったから。

正臣の想像しやすいようにと獣のように後ろからしか繋がら無かった。

なのに

今は顔を合わせてる。


琥珀色の大きな瞳は涙に濡れて臨也を射抜いて来る。



「ね、キスしていい?」



これだけ身体を重ねても、甘い言葉なんて紡いだことが無かった。



「だめ?」



尋ねる臨也は意地が悪い。




「好きに、すれば、いいじゃないっすか…ッ」





身も心も全て彼に食いつくされているというのに。









ディア マイン
いとしい、いとしい、俺のモノ





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