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あの一件以降、今までのわがだまりが嘘みたいに、しず兄と俺の間には穏やかな時間が流れている。
気を使われてるのかどうなのか、一人で家にいるということは大分少なくなったし。
静雄が帝人の家に外泊するどころか、泊まりに来るのは帝人の方で。
そう
不思議なことに、二人が一緒にいる場面を見ても、胸を痛めることは無くなった。
むしろ初々し過ぎる二人は、あまりにじれったくて兄の背中を蹴飛ばしたくなる程。
しかも帝人が寝るのは正臣の部屋という。
まぁ隣の部屋であんあんやられても困るのだけれど。
「静雄さんと仲直り出来てよかったね」
静雄からどう聞いたのだろう、そうにっこり微笑まれて、なんだか気恥ずかしくなった。
俺は
帝人との関係も壊したくなかったのだ。
親友の幸せを願えないなんて最低だ。
静雄がいて
帝人がいて
二人が笑っていて
それで俺がこんなに嬉しくなる。
未だ信じられない幸せな日常
それでも
何か
足りない
なんて
原因は、認めたくないけれど、引っ切りなしに入ってくるあの人の情報かもしれない。
静雄と彼と
我が校卒業生である二人のおこした問題は数知れず。
絶対敵に回してはいけない二人として今も来良学園に名を轟かせている。
その一人である臨也が今、池袋で頻発している乱闘騒ぎには必ず現れるというのだ。
「私昨日あの折原臨也に抱かれちゃったのー!」
教室の端からわずかに聞こえる声。
さらに彼は最近、近づく女は手当たり次第手を出しているとか。
信者と呼ばれる人々は大勢いるものの、あまりそういう噂を聞かなかったから意外だ。
いらいら
いらいら
どこか不愉快な自分に余計にイライラ。
誰だって複雑なものだ。
自分を抱いたソレを不特定多数の人間に突っ込んでいるなんて。
別に嫉妬な訳ではない……と思う。
いや、心底そうであって欲しくない。
ただ、
もしかして
(俺のせい?)
なんて。
期待のように考えてしまう自分をバッドで蛸殴りにしてしまいたかった。
♂♀
「そこの可愛いおねーさん!俺とお茶しませんか?」
「ごめんなさい、彼と待ち合わせしてるの。またね」
6回目の失敗。
今日は頗る不調だ。
帝人は用事があるからと、一人繰り出した池袋。
今日は大人しく帰るか、なんて爪先を翻したその時。
「あれ、折原臨也じゃない?」
思わず眉間に皺が寄る。
不快な名前。
それでも
声の方向へ視線をやれば、ありえない光景に目を見張った。
「……………は?」
臨也の隣にいたのは―――…
「やぁ。久しぶりだね。君から誘われるなんて思ってもみなかったよ。」
「臨也さん…此処じゃなんなんで、喫茶店でも入りません?」
二人はどこか親しげに手短にあった某有名珈琲チェーン店へ足を踏み入れる。
勿論正臣もその後をこっそりつけ、二人の視界には入らないよう、それでいて話は聞ける絶妙な位置に腰を下ろした。
「で、何か聞きたいことでもあるのかな?君と俺との仲だ。安くしとくよ」
「聞きたい、のは、正臣の事です」
(!?)
聞き耳をたてている正臣の方がびっくりだ。
自分の親友であり、静雄の恋人でもある彼が、まさかあの折原臨也の知り合いなんて。
臨也は目の前にいる、竜ヶ峰帝人にすら魔の手を伸ばそうとしているのか。
「正臣くん、ね。君はどこまで知ってるの?」
面白い、とばかりにエスプレッソを口に含みながら問い掛ける臨也。
「貴方には、関係ありません。貴方は………」
帝人は意を決したように、一呼吸置いた後、伏せめがちだった瞳をまっすぐ臨也に向けた。
「正臣に近づくために俺を利用したんですね…!」
(帝人を利用?)
(しかも、俺に近づく、ため?)
正臣は状況を頭で整理出来ないでいた。
その間にも臨也と帝人の会話は進んでいく。
「酷い言い掛かりだなぁ」
臨也はカップをソーサーに戻してテーブルに肘をつき微笑む。
「おかしいと思ってたんだ。静雄さんが僕ん家に泊まる時は必ず連絡して、なんて。」
「…………」
謎が、一つ、解けた。
彼が静雄のいない時を寸分違わず正臣の元に現れた理由。
企業秘密とはこのことだったのだ。
そんな前から帝人と臨也が繋がっていたとは、予想外の何物でもない。
「最近は女の人の噂ばかり…!貴方は正臣をそんなに傷つけたいんですか?!」
帝人の目には、そう映っていたのか。
正臣が臨也の噂に戸惑っていたことを。
あの大人しい親友が声を張り上げるなんて
「うーん、君が俺の心を推測するのは全くの自由だけれど、詮索はいただけないなぁ」
「静雄さんとの間を取り持ってくれたことには感謝してます。けど、正臣を傷つけることは許さない」
「実に素敵な友情だね。素晴らしい!さっきから聞いてると正臣くんを傷つけてるのは俺だけみたいに言うけど…君だって無知という鋭いナイフを彼に突き刺してたんだよ?」
「え?」
何を、言う気だ。
ひんやりと冷たい汗が頬を伝う。
(まさか、静雄に言ったことと同じことを?)
「親友という絆に酔っちゃってる君は気づきもしなかっただろうけど。正臣くんの好きな人はね――…」
「やめろっっっっ」
飛び出して、いた。
にやりと口端を上げる臨也に自分が隠れていたことがバレていたのを知る。
「正臣?!」
驚く帝人を守るように腕を広げて牽制した。
「臨也さん、貴方って人は…!」
「嫌だなぁ。君に殴られるのは痛そうだ!」
ひらりとテーブルを乗り越え、臨也は軽やかに出口より走り去る。
「…にゃろう」
帝人が止めるのも聞かず、正臣は臨也を追って走り出した。
(逃がして、たまるか)
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