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「ど、いう…ことなんだよ、しず兄…?」
二人だけになって、やっと口を開く。
まだその唇は、わななくように震えていたけれど。
わかっていた。
正臣の恋心を知ってしまった静雄なら、その優しさ故に自分を遠ざけると。
それでも、それに気づかず臨也に縋り続けた自分は酷く滑稽で、馬鹿みたいで。
「俺もお前が好きだ」
「!!」
沈黙を破った静雄の発言は、あまりに衝撃的で、思わず目を見開く。
静雄はそれを見て、どこか淋しげに微笑み、懐から取り出した愛用の煙草に火をつけた。
ふぅー、と吐き出された白煙が空へ上り、一息ついた状態で話を続く。
「ノミ蟲が言ってたのは……まぁ、本当だ」
「…………」
発光して紅く染まり、じゅわりと短くなる先端。
静雄も心の奥底の想いを噛み締めて言葉を発しているようだった。
「……でも、お前の俺に対する気持ち、何かに似てねぇか?」
「……?」
優しく力の篭った瞳がこちらを射抜く。
似てる?
何に?
「……義母さんに、似てない、か…?」
「!!!」
遠く昔の記憶。
あの時はまだ四人で暮らしていた
尊い、時間
おかえりと母の胸に抱かれた温かさは
確かに
静雄のソレと類似していて。
「に、てる……」
独白のようだった。
悔しいような
でも、この恋心以上に溢れんばかりの想いを的確に表している気もした。
「お前は母親を亡くして親父も出張ばかりで、俺しか家族がいなかったからな……もっと周りを見て欲しかったんだ」
「…………うん」
それが、突き放した理由だろうか。
くしゃり、と兄に似せて明るく染めた髪を普段のように撫でられる。
腕一本
いつの間にか空いてしまった、俺としず兄の距離。
「……俺も同じ気持ちだったからな」
「え?」
咽奥で笑われ、思わず頭を上げた。
そこには
愛しげにこちらを眺めるサングラス越しの優しい瞳。
「お前の事が好きで。でもそんなこと思っちまったらいけねぇだろ?悩んでるときにアイツに言われたんだ」
“アイツ”が誰を指すか
残念なことに、その表情から一発で読み取れてしまった。
「“その気持ち、幽さん対するもの似てませんか”って」
“幽さん”とは、しず兄の実弟であり、かの有名な俳優、羽島幽平である。
正臣とは直接の面識はないものの、静雄は彼をとても大事にしていたし、実際の血の繋がりには酷い羨望と嫉妬を持っていた。
そんな自分も大嫌いだったけれど。
臨也には軽く『幽くんと君に優劣はないと思うよ。元々、比較対象でもないしね』とあっさり見抜かれていたっけ。
「確かに。って妙に納得しちまってさ。俺にとってお前は一番大切な家族だよ。」
ぽんぽんと頭を軽く叩かれ、無性に泣きたくなった。
静雄にも正臣以外に大切な人がいるのは当たり前だ。
それは正臣だって同じなのに。
いつだって俺一人だけなら、って。
なんて幼稚な独占欲。
「それでも帝人の方が…」
もう半泣き状態だった。
「比べられねぇし、俺が比べていいもんでもねぇ」
泣き顔なんて見られたくないのに、静雄は正臣の顔を両手で挟んで目線を合わせてくる。
「お前も、家族じゃない大切な奴見つける時がくると思うんだ。その時に俺は邪魔になりたくねぇんだよ」
「………うん」
「言っとくが、ノミ蟲は許さねぇからな」
「………………うん」
くしゃり、と必死に引き攣らせていた顔の筋肉を緩めれば、ぼろぼろと涙が零れた。
この人が、大好きだと思った。
「しず兄は…俺から離れてかない…?」
「……当たり前だろ。でも俺ら少しぐらいブラコン直さねぇとなァ」
俺は腕を広い背中にまわし、その距離をゼロする。
ぽとり、と短くなった煙草の吸い殻が落ちた。
「いいよ、直らなくて…」
静雄に対する気持ちは
確かに母親に対するものと似ていたけど
それ以上の想いも確かに存在したんだ
だから
(これが俺の初恋だよ)
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