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言葉に詰まる正臣に何か問いかける訳でもなく、静雄は臨也だけを人一人殺せそうな鋭い眼光で睨みつけている。
ピンと張り詰めた緊張の糸。
先に行動に出たのは静雄だった。
「んなこたぁどうだっていいんだよ。俺は手前を殴れればなッッ」
振り上げられた拳。
(だめだ)
そう思った瞬間
「やめろってば!!!!!!!!!!!」
「「!!」」
衝動、だった。
正臣が泣くように声を張り上げれば、動きが鈍ったのは静雄だけではなかった。
「……ぐッ」
それでも静雄の一度勢いがついた拳が止まるのは至難の業。
鈍ったとはいえ、一瞬動きが止まった臨也の頬にぶち当たり、彼は玄関の扉と共に外に放り出された。
「……っ」
殴られただけとは思えない程の距離を、人間が舞い上がって孤を描く。
パラパラとコンクリートが舞い散った後、ドアの上に腰を付ける臨也は、口許が切れ、赤い血が顎を伝っていた。
「………ぺッ」
室内業務を専門とする彼らしい陶磁器のように白く透明な肌とマッチした赤。
口腔もダメージを受けたらしく、臨也は苦々しい顔をしながら血溜まりを口から吐き出す。
袖口でごしり、と唇を拭った。
「…………サイアク。」
「手前ぇ」
もう一度殴ろうと引かれた静雄の右腕に正臣は必死でしがみつく。
「まさ」
「俺がっ、悪いの!おれが…臨也さんを頼ったんだ…ッ」
「…………」
自分でもなんでこんな行動に出たのか判らなかった。
ただ、あの人が殴られるとわかった途端、頭が真っ白になって。
「だから…っ、悪いのは…」
「手を出したのは俺だけどね」
「!!」
会話を遮るように臨也は腰を上げて、丁寧な動作でぱんぱんと服についた土を払う。
そして正臣の方に身体を向けて、この場に不釣り合いとも言える爽やかな微笑を浮かべた。
「正臣くんの身体、なかなか具合よかったし。そうだ。ここで君に耳寄りな情報を特別大サービス、タダ、で提供してあげよう!」
(は?)
またじんわりと滲んだ血で口許を赤く色づかせながら、彼が言い出した突拍子もない言葉。
正臣の情報を静雄を曝すというならまだしも、自分に耳寄りな情報とは一体何のことだ。
いきなりステージに駆り出された観客ように、正臣は困惑した面持ちで臨也の紡ぐ言葉を待つ。
嫌にひんやりとした空気だった。
此地だけ時の流れが感覚を失っているかのように。
人差し指を誇らしげに立てた彼は、ちらりと無言になった静雄を見遣った。
「シズちゃんはね、知ってたんだよ」
形のよい唇がゆっくり動いて、正臣の顔が驚愕で引き攣る。
その発した中身は、正臣を絶望の奈落の底へと突き落とした。
“シズちゃんは知ってたんだ”
“正臣くんの気持ち”
(え)
「だったら自業自得でもあるだろ?」
「………」
ピエロのように微笑んだ臨也に、静雄は沈黙を貫いている。
全身がカタカタと震え、困惑だけが正臣の脳内を占め、身体を支配していく。
(何を言っているんだ、この人は)
(知ってた?)
(しず兄が)
(俺の気持ちを?)
臨也は、自分を静雄の代わりにしてみないかと手を差し延べた時の表情で、あの時とは全く異なる残酷な言葉を続けた。
「シズちゃんは君の気持ちに気付いてたから、逃げて帝人くんのところに行ったんだよ」
「な、」
(なんで)
嘘だ
言葉の意味を理解しようとすれば、目の前が真っ白に。
軽い貧血をおこしたみたいに視界がモノクロに変わる。
静雄は依然と黙ったままで。
それが何より肯定を表していた。
「じゃあ、後は二人でごゆっくり♪」
臨也は至極嬉しそうにコートのポケットに両手を突っ込んで、両端を広げてみせる。
「正臣くん、君との関係、なかなか楽しかったよ!じゃあまた会う日まで。ばいばい。」
爆弾を投下したまま
彼はひらひらと手を振って終焉を告げた。