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「わあ、晴れてよかったね」

「うん。京子ちゃん、お弁当ありがと」

「腕によりをかけてみました」


芝生に敷かれたシートに腰をかけた家族が重箱に詰めた弁当広げている。サンドウィッチ、ウインナー、卵焼き。反吐が出る程ありふれた中身だ。


「うわあ、美味しそう。ユニは何が食べたい?」

「……たまごやき」

「じゃあ紙皿に分けてあげるね」


幸せの象徴とも言える様な光景。

顔を隠すために上に置いた薄い本をほんの少し下にずらして、親子三人が仲良く昼食を取っている様子に目をやった。

沢田綱吉、沢田京子、沢田……なんと言うのだろう。名前は知らない。

ぽそぽそ音が漏れるだけで、ここからでは何を話しているかは大して聞き取れなかった。


(はあ…)


自然とため息が零れる。
体中が鉛をぶら下げているかのように重たい。

自分は落ち込んでいるのだろうか。

温かい笑顔。大空。全てを包み込むような………。
今の関係に至ってからは久しく見かけていないな。

この家族は、自分と彼の関係を知れば、すぐにでも波に攫われ消えてしまうとても柔らかな砂の城だ。
ムカムカと喉から這い上がって来るような、胃の収縮を感じた。


(挨拶でも、しときましょうか)


壊すには、まだ、早い。





「こんにちは」



サアッと一筋の風が流れた。新緑がざわめき、犇めき合って揺れる。

骸が現れると、沢田綱吉の顔は面白いほどにみるみる引きつって蒼白になった。


「なん、で…」


震える唇。
まだ状況についていけてない、というところか。


「偶然ここで昼寝してたんですよ。そうしたら丁度君達が、ね」


とびっきりの笑顔を向ければ、綱吉は窮鼠猫を噛むと言わんばかりに京子と娘の前に震える足で立ちはだかった。


「な、なにか用か?」

「せっかくボスのご家族にお会い出来たので、ご挨拶をと」


綱吉が必死に自分を遠ざけようとしているのが手に取るように伝わったが、わざと片膝を地面につける。
そして目の前の細く綺麗な手を取った。


「初めまして、ボンゴレ霧の守護者六道骸です。」


以後、お見知りおきを。

そう言って恭しく手の甲に口付ける。

視線を上に上げれば、きょとんとした後、ああ、とばかりに彼女は微笑んだ。


「沢田、京子です。此方こそ夫がいつもお世話になっています」


ぺこりと上品に頭を下げる。太陽のように眩しい笑顔。さすがは晴れの守護者の妹と言ったところか。

“沢田”という苗字と“夫”という何気なく放たれたセリフが、否応なしに心臓を締め上げた。


気づかない、ふり。


「こっちが娘のユニです」

「京子ちゃん!!!」


綱吉が遮るように声を荒げるが、京子は全く深刻さに気づいていない。


「え?どうしたの、つっくん」


恐らく娘が人目に触れぬよう綱吉によって厳重に守られていたことを知らないのだろう。
骸は綱吉を気にする風も無く娘の小さな手の甲にも母親と同じように優しく唇を当てる。
手はとても柔らかく、それでいてひんやり冷たかった。


「初めまして、ユニ、様」


女性に定評のある紳士めいた笑みで上目遣い。


「…………」


しかし少女の唇は一文字のまま。

恥じらいに頬を染める訳でもなく、只、無表情で此方を見つめていた。


「………っ」


体が、筋肉が軋むように硬直した。

大きく水晶のように透き通った瞳に自分の姿が映る。

それは気を抜くと魂を吸い取られそうなほど深く、まるで全てを見透かされ、さらには自分の知らない内部の奥底までひけらかされている気がした。


「…すいません、ユニは人見知りが激しくて」


京子が申し訳なさそうに、ユニの手を握る。

その声にはっと金縛りが解けて、なんとか少女から視線を外すことが出来た。


「いえ、別に…」


言い切る前に強く肩を掴まれた。綱吉だ。


「骸。お前、もう…」


帰ってくれ、と泣きそうな顔をされれば、言いようの無い落胆が体に落ちる。


「………」


周りを見渡せば状況を不安そうに見守る京子。
せっかくの家族のランチタイムが骸のせいで台無しになったのは火を見るより明らかだ。


(そのつもりで出てきたんですが、ね)


自分は異物。

此処にいてはいけない存在。

暗に示されたような気がして心の中で失笑した。


「そうですね。お邪魔のようですし、僕はこれで」

「いえ…」


戸惑いを隠せない京子に対し、骸は丁寧に腰を曲げ、幻覚で生み出した霧に乗じて姿を消した。



「今夜、十二時に」



去り際にそう綱吉の耳元で囁くのを忘れずに。


とっておきのワインでも用意しておいて下さい、と甘い毒を霧散させるように空気を振るわせた。








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