(臨也視点)








「具合、大丈夫?」



彼が退院の日、初めて病院まで足を運んだ。

知っていた。

彼が待ち合わせ場所で三日近く待ち続けたこと、救急車で運ばれて入院したこと、今日退院であること。



彼はいつも自分に馬鹿みたいに従順だったから。



このタイプは相手に尽くすことで尽くす自分に酔いしれる自己陶酔型の人間が多い。

自分にとっては大変都合のよい相手だった。

だけど、その関係にも少し飽きが来て。

彼はどれぐらい自分を待てるだろう、何処まで自分を信じられるだろう、なんてほんの少しの遊び心だった。



本当は病院にだって来るつもりだってなかったのに。




予想外だったのは




自分のメールに返信がなかったこと。







彼と出会ってからは初めての事だろう。
いつもは5分以内に必ずと言っていいほど快い返事が返ってくる。


だから、そう、意外になって、それがまた嬉しくなってここまでやって来た。




(まだ、捨てるには惜しいかもしれない)







「入院費は俺が出しとくからさ。どう。この後俺ん家に来ない?」



自分が誘っているのに、彼はいつもとは違うぎこちない笑みを浮かべながらベッドから出て来ようとはしなかった。



「臨也さん」



紡ぎだされたのは




『大好きです』




いつもの愛の言葉ではなかった。









「……抱いて、くれませんか…?」







告白以来の自分に対する直接的な要求。

場所が場所だ。

少し動揺しながらも普段通りの軽口でいいよ、と快諾する。



「………」



ぎしり。


病院の安っぽいベッドに腰を下ろして、色のない瞳をしたままの正臣の顎を持ち上げる。


(痩せた、な)


肉付きの良かった頬は頬骨がうっすら浮き上がり、喉仏がひくり、と震えた。


いや、喉だけではない。


正臣の体全体が小刻みに震えていた。



「……今日は、止めようか?」

別に彼を抱く事になんら躊躇いがあった訳ではない。
そう問うたのは彼に対する明らかな違和感と、何故か今になって沸き上がるほんの少しの罪悪感。


そして、無色だった正臣の瞳に一瞬だけ捨てられた子猫のような悲しみが浮かんだ。




「………臨也さん、」





ビィィィィィィ―――――ッ





“別れましょう”





言葉の意味を理解する前に彼が押したナースコールが響き渡り、すぐさま人がかけつけた。



「どうかされましたかっ?!」

「いや…」



彼の様子を伺ながら言葉を濁す俺に、正臣は小さい声で、それでいてはっきりと看護婦へ告げる。



「すいません。具合が悪くなっちゃって。」

「は、はぁ」



看護婦は怪訝な顔をしながらも二人の様子を見比べて、この原因が臨也にあると判断したらしい。



「紀田さんこうおっしゃってますし、今日はお帰り願えますか?」



飼い犬に手を噛まれると言ったのはこういうことなのか。



「そうですね。また明日来ます。」



正臣を刺激するのも得策ではないと考え、その場は人のよい笑みを浮かべて看護婦の指示に従う。


予想以上に動揺していていたのかもしれない。


正臣は自分に背を向けたまま、こちらを一度も振り返らなかった。








次の日



臨也は予告通り病院を訪れたが、既にベッドはもぬけの殻だった。











“さよならです、臨也さん”











愛とは愛されたいと願うこと
なくして初めて気がついた







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