「おや、君か」
扉を開けた男は、目の前の客人を見て意外そうな声をあげた。
いつも自分の思い通りに人を動かしているこの人にとって自分の来客は予想外だったらしい。
平然とした顔でいて内心驚いてる様に正臣はマスクの裏で口端を上げた。
「何の用かな?」
「―――今日、泊めてくれませんか?」
がく、
と臨也の肩が落ちる。
どうやら本格的に彼の想定範疇を越えたようで、驚きを通り越し好奇の目で正臣を見下ろした。
(ふっふっふ)
ほんの少しでも今までの借りを返せたような気分で、自分さすが、とガッツポーズをかましてやった。
勿論心の中でだが。
「風邪引いちゃって。沙樹に移したくないから。」
「………それはまるで俺には移していいように聞こえるけど?」
「臨也さん相手だと風邪の方が逃げ出しますよ」
「君も言うようになったね」
正臣はにっこり笑顔を作ってみせるが、残念な事にマスクで顔の大半は隠れてしまっている。
「じゃあ私は帰らせて貰うわ」
「波江」
「風邪移されたくないですから」
スタスタと奥から出てきた波江はハイヒールの音を響かせながら宣言通り帰って行った。
正臣の好みとはやや異なるきつめの女性だか、正臣には見向きもしなかった。
臨也の取り巻きにしてはまたタイプが異なる。
「彼女は…?」
「なに、妬いてるの?」
「………違います。」
思わず尋ねると、臨也はにやりと笑う。
どうやら主導権はあっというまに奪われてしまい、臨也は人の悪い笑みを浮かべながら中に案内した。
「はい。ミルク。」
ソファに腰掛けていると、湯気が立ち上るマグカップを渡される。
あまりに意外な言動に思わず中身をしげしげ見つめた。
「………変なモノ入ってないですよね?」
「蜂蜜。」
「………」
余りにも怪しかったが、熱に浮いた頭では拒絶する理由も浮かばなかった。
多分、純粋に嬉しかったのだ。
「……ありがとうございます」
こくり、と一口。
胃に落ちる温かさが全身に広がり、甘い香りが鼻を抜ける。
「お粥食べれる?作ろうか?」
「げほ、ごほっ…いや、食欲は……」
「……熱上がってきたね」
ぺと、と額に置かれた手は冷たかったのに胸が異様に高鳴った。
(風邪のせい風邪のせい)
「キモチワルイです。臨也さんが優しいの。」
「ひっどいなぁ。俺元々優しいけど?まぁ。優しさだけが愛じゃないよね」
「……ん」
唇が啄むように重なって熱を分け合う。
蕩けるような視界に黒が広かった。
「…………風邪、移りますよ」
「移しに来たんだろ」
(まぁ、そうだけど)
「風邪には汗をかくのが一番って言うしね♪」
「ふざけっ…ま、まさか…」
「ん?」
「あのミルクに…」
「さーて何入れたかな?」
「死ねぇぇぇぇぇぇ、げほっっごほぉッ!」
優しさに少しでもときめいた自分を呪い殺してやりたかった。
ウィークポイント
大人の優しさに弱い正臣