湯浴みをと共に丹念に身を清めて。
糊の張った白い着物を纏い、肌には白粉、目元には赤い紅をのせる。
「決意は定まったか?」
迎えにやって来た赤司に小さく顎を引いて頷くと、そのまま翻された背中についてゆく。
真っ暗な廊下に、蝋燭の灯りが等間隔に点々と燈る先を進めば、見知った青い髪の男が桃井の家紋の入った屏風の前で胡坐していた。
「青峰っち………」
「言っとくが、男として役に立たなかった場合は其の場で打ち首だからな」
奴はその見張りだ、と赤司に告げられるも、当の青峰は気まずそうに黄瀬とは視線を逸らし、畳を横目で眺めている。
「うわ、そっちのほうが心配っス」
もう自分は黒子にしか勃つ気がしない。
しかしここで切られては元も子もないので、将軍には申し訳ないが黒子のことでも頭に浮かべながらいたそうか、などとぼんやり考えていると『さっさと入れ』と赤司に無言で睨まれた。
「黄瀬、参りました」
「……………入れ」
お目見えの時と同様、厳かな声色が廊下に響く。
赤司と青峰によって障子が開かれると、同じく白い着物に身を包んだ将軍さつきが布団の上で背筋をぴんと伸ばし、こちらを見据えていた。
「何をしておる。さっさといたせ」
情緒も何もない。
簾一枚隔てた先には赤司と青峰が控えているというのに、堂々とした姿勢はさすが器が大きいというか。
(本当にはじめてなのか…?)
おそるおそると前に足を踏み出し、今まで見たこともないような柔らかな羽毛の敷布に将軍さつきの身体を横たえる。
なんとなく互いに視線を合わせることもなく、かと言って唇に接吻することもできずにその白く細い首筋に顔を埋めた。
「…………っ、」
びくりと震える身体に、鼻に纏わりつく甘ったるい高級な香のかおり。
(ああ、黒子っちもこんなに震えていたっけ)
彼の何もつけない汗の少し入り交じった体臭すら愛おしかった。
震えに構わず、自分のくちづけに一生懸命応えようしてくれる潤んだ瞳とか、背中に回される角ばった指とか、段々と紅く染まりゆく肢体とか。
それはもう甘露のごとく。
今もまざまざと頭に浮かんで黄瀬の全てを支配する。
(ああ、どうせ死んでしまうなら、あのときかっこつけずに、抱き潰してしまえばよかった)
そんな、後悔。
多分彼を前にしたらまた自分は同じ言動をとってしまうのだろうけれど。
「ねぇ、」
「な、なんだ」
ぴたりと愛撫をやめ、急に声をかけると、先程の荘厳な振る舞いからは想像もつかない余裕のない声が返ってきて。
だから、なんだか笑ってしまった。
「やめないっスか、こういうの」
「は、はぁ…?」
「だって、将軍俺のこと好きじゃないでしょう?」
図星、だったのだろう。
さつきは唇を噛み締めて親の仇を見るかのようにこちらを睨みつける。
「こういう行為は絶対好きな人とするべきっスよ。子を授かることを目的としないんだったら、なおさら」
彼女は子種に恵まれない城下の女たちとは違う。
好きな人と結ばれ、子を成すことが許される存在なのだから。
「俺だって好きな人としたい。同じ打ち首になるなら、俺は黒子っちに操を立てたまま死にたい」
「〜〜〜〜〜〜ッっ」
ぱしん。
心地良いほどの音が寝所内に響いて、じんじんとする頬を押さえる。
殴られた、と感じるよりも先に瞳いっぱいに涙を満ち満ちとさせる将軍の顔が目に飛び込んできた。
□□□□□
「……………ここは立ち入り禁止のはずだが?」
不意の来訪者にすっと立ち上がる赤司。
「………テツ……」
困ったような青峰の視線の先には、小さい身体ながらもしっかりと前を見据え、地を踏みしめる黒子がいた。
「そこを退いて下さい。黄瀬くんを、このまま死なせるわけにはいきません」
「規則を頑なまでに守ろうしていたお前がこんな行動に出るなんて、どうやら決意は固いらしいな」
ゆらり、と赤司が腰の刀に手を伸ばす。
「僕は大奥の長だ。決まりを守らない者は、お前とて斬るぞ」
「お、おい。赤司…………」
「もとより、そのつもりです」
慌てる青峰を他所に、びりびりと視線を絡ませ合う二人。
試合は勿論、練習ですら黒子が赤司に勝てたことはない。
しかし、黄瀬が身を呈して守ろうとしてくれているのに、自分が引くことなど出来るはずもない。
「そこを、通ります」
一対一の試合ならば勝てなかったかもしれない。
しかし本番一発、今この時ならば。
『視線誘導』
影の薄い黒子だけが使うことのできるこの技を、勝つためでなく、抜くためにーーーー!!
勝負は一瞬で決する。
黒子は刀を振り上げた赤司を止めようと間に入った青峰にまんまと視線を誘導させ、その隙に一気に障子に体当たりをかました。
大奥
男女逆転