「これなんてどうですか?」
青、赤、紫、緑。
20畳の部屋の畳一面に広がる色とりどりの反物の数々。
丁度今、将軍と大奥の男が唯一面会を許されるという『お目見え』に黄瀬が着る裃を黒子に見立てて貰っている真っ最中であった。
お目見えは御中臈以上の大奥のみに認められる名誉なこと。
そこで将軍に見初められれば、将軍の寝所の相手となり、子宝を得ようものなら側室になれる機会すら手に出来る。
大奥の男にとって、究極の悲願。
そのためお目見えにおいて自身を着飾り目立たせる着物はかなり重要視されていた。
反物の中の一つ、自分の髪と同じ金色の生地に真っ赤な牡丹の華が刻まれた裃を胸にあてられるも、何とも言えずしっくりこない。
「お目見えそんな興味ないというか別にどれでもいいんスけど……あ、これ。俺この色がいいっス!」
キョロキョロと視線を彷徨わせた黄瀬がその手に取ったのは、一番端に置かれていた一点の濁りもない闇のような漆黒で。
普段無表情な黒子すら弾かれたように瞳を丸くした。
「将軍とのお目見えの裃ですよ? こんな地味な色……」
しっ、と続きの言葉を紡がせないよう右手の人差し指を黒子の桃色の唇へと持ってゆく。
「地味なんかじゃないっスよ。黒子っちの黒っしょ? 俺のこの髪にも合いそうだし」
好きではなかったこの髪も、黒子に褒められてからは誇りの一つだ。
そう言って自身の金色を指で弄ると、我が子の成長を見るかのように黒子も眦を下げた。
「君も言うようになりましたね。入りたての頃は規則を守らず派手な着物ばかり好んでいたのに」
「……俺を変えたのは、黒子っちだよ」
「きせ、くん……」
なんとも気恥ずかしい空気の中、互いの視線が熱く絡まり、二人の距離がゆっくり縮められようとしたまさにその時。
「し、失礼致しますッッ」
まだ声変わりもしてない高い声色と共に黄瀬の部屋を訪れた一人の少年が。
服の色から恐らく下男だろうか、その姿を見るや否や慌てて黒子と黄瀬は何事もなかったかのように近づいた距離を元に戻した。
「な、何某は黄瀬様の裃をお仕立てするよう命を受けた者で御座います。お着物の色はお決まりになったでしょうか…?」
「あ、ああ。これで…」
「黒ですか…黄瀬様にとてもお似合いですね! お背中には金で流水網の大きく、けれどたった一筋流してみましょう」
「いいね、それ。頼んだっスよ」
「畏まりました! 必ずや三日以内にお作り致します」
「あんがと。何かお礼を…こないだ貰った干菓子があったかな」
「あ、あの…っ」
用事が済んだはずの少年はそのまま部屋を退出することなく、頭を伏せたままもじもじと自身の指を絡ませる。
何故か顔は林檎のように真っ赤だ。
その理由はこの後懸命に続けられた言の葉で黄瀬は知ることになる。
「私は何もいりませぬ、ただ…」
「ただ?」
「な、何某黄瀬様に憧れて剣術を学び始めました。あの、ご迷惑でなかったら、お…思い出を、いただけないでしょうか」
(おも、いで…?)
大奥で暫く暮らしていれば、その言葉の意図を理解出来ないほど初ではいられない。黄瀬もまた然り。
つまりは『抱いてくれ』と言っているのだ、この少年は。
状況に困ってぽりぽりと頬をかきながらちらりと部屋の隅に控えた黒子を見遣るも、あっさり視線を逸らされてしまう。
(まぁ、仕方ない、っスか…)
自分ではどうにもならないぐらい人を敬愛する気持ちを、黄瀬も嫌というほど知っている。
黒の裃を似合うと褒められた事で、些か舞い上がっていたのかもしれない。
流石に身体を繋げることは出来ないけれど、黒子にされたのと同じよう伏せた面を顎を掴んで上げさせ、その頬へと軽く唇をあてがった。
「…これで、勘弁して欲しいっス…」
「あ、有難うございます!! 一生の思い出に致します…ッ」
感激の涙を目に浮かべながら部屋を飛び出すように出て行った少年を、黄瀬は何とも言えない苦い表情で見送った。
「減るもんじゃないしね!! うわー、男にモテるっていうの初めてっスよ。なんか複雑な気分」
「………彼、絶対僕の存在に気づいていませんでしたね」
「黒子っち影うすいからね」
「……………」
「冗談っスよ。もしかして怒ってる?」
「別に」
そう言ってそっぽを向かれてしまえば、嫉妬されてるのではないかという淡い期待が胸を擽る。
しかしそれを確かめる術はないし、無理矢理問い詰めたい訳でもない。
まぁ、じっくりと距離を縮めていけばよいと思っていた。
大奥という牢獄に閉じ込められた自分達にはその時間がたっぷりと残されているのだからと。
側にいられるだけで幸せ
なんて
―――――――そんな世迷言を。
そのすぐ後だ。
黄瀬が初めてのお目見えで、将軍さつきに御内証として指名されることになったのは。
大奥
男女逆転