わかっていた。

彼が出世のために赤司や青峰に抱かれたなど全くの空言だ。

それぐらい数ヶ月教えを請うた身として気づかない訳がないし、そんな清廉なまでの潔白さを愛しく思った。

身分が全てを決めるこの上下社会で、確かに赤司や青峰の黒子に対する態度は甘く、黒子も親しげなのを無理矢理隠しているようで。


でも、それでは



『ふざけないでください…っッ』



(身分じゃなくて、俺自身を否定されたったってことだろ?)




「…………てめえ、テツ殴っただろ」



道場で一人無心で剣を奮っていれば殴り込みに来たのは案の定青峰。



「………黒子っちが言ったんスか?」

「言うわけねぇだろ。あいつは腫れた頬押さえながら黙りだよ」

「…………」



彼が口を閉ざしても黄瀬が手をあげたのは事実で、黒子には自分がいなくてもこうやって心配してくれる輩がいる。
どうやって黒子に謝ろうか悩んでいた自分が馬鹿らしくてどんどん世界が白けて行く気がした。

――――最初から、自分だけ蚊帳の外だ。

黒子だって赤司に命じられたから教育係についただけ。
たったそれだけのことで自分一人が特別扱いされた様に舞い上がって。



「どうでもいいっスよそんなこと。俺はただ、あんたを倒したいだけだ」

「――――――お前、中身まで腐っちまったか」



そうして、八つ当たりでもするように闇雲に青峰に突っかかって行った。

―――――――勿論惨敗だったわけだけれど。
しかし天性の才能か、いつの間にか黄瀬の剣の技量は格段に上がっており、青峰以外誰も止めることの出来ないくらいにまで腕を伸ばしていた。







丑三つ時、御年寄総取締役赤司の部屋を不躾に訪ねる者が一人。
赤司はしたためていた手紙の筆を置いて、視線だけ扉に立つ男に向ける。



「赤司、あの計画いつにするんだ」

「なんだ、渋っていたのはお前の方なのに。また随分気が変わるのが早いな」

「…………見込み違いだっただけだよ」



――――――そんな会話が為されていることなど露知らず。
黄瀬は剣術の強さとその見た目を買われ、身分は願っていた御中臈にまで皮肉にも昇進することが決まった。



「「「お帰りなさいませ」」」



入った当初子供じみた嫌がらせを行っていた男達も揃って平伏し、黄瀬を崇める。
御中臈への昇格は将軍との御見えを許されるだけでなく、青峰と同様個室が与えられた。

そこには――――…



「お帰りなさいませ、旦那様」



先程の男達と同じ姿勢で頭を垂れる元教育係、黒子の姿が。
たった数週間ぶりなのに、此処へ来てからずっと一緒にいたせいか久しく見ていないような気がした。


(会いたいけど、会いたくなかった)


何と言っていいか言葉が見つからず唇を一文字に引き結んで、うっすらと細めた瞳でその姿を見下ろす。



「別に俺、あんたの旦那じゃないっスよ」

「……其れがし、これから貴方様の身の回りの世話係をせよとの御命令を受けております。今日から一つ格上の御広座敷を勤めることとなりました。身に余る幸せで御座います」

「へぇー…」



身分なんて、所詮こんなものだ。



「身の回りの世話ねぇ…それって下の世話も込みなんスか?」

「………ッ、」



俺は、こんな嫌な言葉を口に出すことが出来るのか。

頭を伏せているのに、彼の息を詰める気配がして自己嫌悪に吐き気がした。



「………御命令とあらば」



今どんな表情を浮かべているのだろう。――――――彼も、俺も。



「…………じゃあ、なめて」



何処を、言わずとも彼は「わかりました」とぽつりそう言って一度も視線を合わせないまま座る黄瀬の腰下にずるずると身体を持って行く。

帯を緩めようと手をかけた指先は悲しいくらいに震えていた。



(違う)


(こんな形で手に入れたかったわけじゃない)



寛げられた袴に向かって決意の表れのようにゆっくり開かれた口を―――――耐え切れるはずもなく気づけば片手で塞いでいた。



「もういいっスよ…ッ、なんで無理すんだ!! 嫌なら嫌って言えばいいじゃないか」



着物だけ新しくなったあいも変わらず縮こまった身体を無理矢理かき抱いて。

それでもは負けず嫌いなのか何なのか、頑なにいやいやと首を振る。



「嫌じゃありません。大奥にいる限り、身分は絶対です」

「じゃあ赤司っちや青峰っちにも『ヤれ』って言われたらやるわけ?!」



やる、と言ったら今度は本気で張っ倒してやろうと思った。

それでも彼は、俺の言葉を聞いた途端身体の力が抜け切ったように瞳をぼうっと虚ろわせてしまって。



「………青峰くんや赤司くんに抱かれたことはありません、ぼく、は…」



震えた唇で、言葉を続ける。



「僕は、種がないん、です」

「………え、………」

「実家は最下級の貧しい御家人で……家のため14から金で女の相手を毎晩させられ、18で婿入りしました。けれど子が出来ないとわかると、すぐに離縁され……虫けらのように扱われ、暴力をふるわれる毎日。そんな僕を二人は見兼ねて大奥に誘ってくれたんです…」

「……………」

「だからずっと羨ましかったのかもしれません、きみのこと…いらない、僕は、何を言われてもいい。けど彼らのことは……ッ」



伏せられた柔らかそうな睫毛に、喉を掻き毟りたくなるような歯痒さが募った。

だから、力強く、耳許で。



「いらなくなんかない」

「!!」

「少なくとも俺は、黒子っちが大好きで、尊敬してて、側にいて欲しいって思ってる」



人はどうして自分の魅力には気づかず、他人の良いところばかり目で追ってしまうのだろう。



『僕はその髪、とても綺麗だと思います』



俺はそう言われて本当に嬉しかった。

だから、今度は俺が言葉にするんだ。



「き、せくん…」

「俺には、黒子っちが必要だよ」



ぎゅうううと抱き締める腕に力を込めて。

この腕にすっぽり収まってしまうような小さな身体で、今まで彼はどれだけのものを抱えて来たのだろう。

肩に手を置いて、しっかりと視線を合わせた。

その琥珀色を久しぶりに真っ直ぐ見ることが出来た気がした。



「殴ってごめん。同じように殴りかえしていいから」



そう言って戒めのためにも彼の左手を自分の右頬に持っていく。

初めてしっかり握った手は、誰かにつけられた傷だけでなく剣術の練習による胼胝のかたさもあって、出会う前の自分の知らない彼の生き様を想った。



「………『いらない奴なんかいない』昔青峰くんが僕にそう言ってくれました」


ぱぁん。

何の前振りもなく頬を力一杯張られ、鼻血が出るんじゃないかって思うほどの衝撃を受けたが、その後の彼の表情を見たら、痛みなんて吹き飛んだ。



「でも僕を必要だと言ってくれたのは黄瀬くんが初めてです………ありがとう」



そう言って叩かれたばかりで呆然としている俺の腫れた頬に、彼は触れるだけの優しい口づけをくれた。



「〜〜〜っッ」



大奥に来られてよかった。


君に出逢えてよかった。


誰かをを守りたい。

この気持ちを何と呼ぼう。


傷つける全てのものからきみを遠ざけて


そうやってただ



笑っていてほしいんだ















大奥
男女逆転









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